
水色の栞・続編2|待宵月|シロクマ文芸部《月を見る》
「月を見るなら十四番目がいい」と、かの歌姫が言った。完全ではない。満月になる未来を残しているから。月はやっぱり、十四番目ぐらいがちょうどいい。
その日も、わたしは茶色いダッフルコートを着込んでせんぱいを待っていた。せんぱいは受験生だから、補習や補講で会える日が少ない。
物理的に待つのは苦にならない。だけど、ちょっと欲張りになって、わたしはせんぱいから永遠の言葉をもらいたがっている。
言わずに伝えるのが平安の言葉なのに、それでもわたしは今、待宵月にいる。
この頃、日が短くなって、帰り道にはまだ満ちる前の月が昇っていた。やっと会えても、通学路の少しの時間だけだ。幾千の時を超えてせっかく巡り逢えたのに、それが少し寂しい。
「めぐりあひて見しやそれとも分かぬまに──」
わたしは、紫式部を呟いた。
「──君がくれにし満つる月かな」
せんぱいがそう言って、まあるいお煎餅を手渡しながらわたしの手を包み込んでくれる。とても暖かい。ファーの付いた手袋越しに、指先の冷たさが伝わらないかと少し不安になる。
でも、待つ乙女にはカロリーが必要だ。わたしはそのお煎餅をぱりぱりと食べた。
せんぱいは、そんなわたしを見てにこにこ微笑んでいる。ねえせんぱい、いつもわたしを腹ぺこの小動物か何かみたいに思ってませんか?口惜しい。ちょっと頬を膨らませてみる。ますます頬袋が満ちたヒメネズミみたいだ。
せんぱいは、ふっとそっぽを向いたかと思うと、ぽそりと声を風に溶かした。
「この夜をば我が夜とぞ思ふ望月を──」
本人は、この瞬間こそが満月みたいに最高なんだよ。と言いたいらしい。道長くんが入っていてちょっと偉そうなのが、いかにも君らしい。で、わたしもちょっと嬉しい。思わずによによしちゃう。
「欠けることがないといっても、実際は満月が欠けたあとの歌らしいですよ」
顔が蕩けちゃうから、敢えて言っちゃう。
「じゃあそのまた次の満月まで一緒にいよう。──月の光こそ人類の夢だからだ!」
ああ、せんぱいがやっと満つる月をくれた。十四番目がいいと思っていたのに、満ちたら十六夜に進みたくなる。わたしはとても欲張りさんだ。
「この上なくかっこいいんですが、どうして天空のお城に逃げるんですか?」
ちゃんと言えたら、ふたりで有明の月を眺めてあげ、……たいな。きゃっ♡
語尾を少しためらった。
髪のリボンがふわりと揺れて、兼盛くんがにやりとした。
#水色の栞シリーズ #出歯亀な平兼盛 #おやおや #出でけり #月を見る #栞 #和歌 #高校生の恋 #相思相愛 #紫式部 #藤原道長 #違和感しかないムスカ #ユーミン #待宵月 #有明の月 #文学的実験 #シロクマ文芸部 #わたくさす節 #恋愛小説が好き #古典がすき
▼ここからはネタバレが書かれています。
本編は後輩ちゃんこと詩織の可愛さを愛でる小説なので、これ以降を踏まえなくても、小説として普通に成立しています。特に今回はネタに走ったので、底が浅いです。
ならば語らねばいいのに、と思われるやも知れませんが、それでも語り散らしたいのが作者の業というものです。
それでもなお解説が必要だという奇特な方がいらっしゃれば、“何とも恥ずかしい副音声”を、どうぞご覧ください。
ーーー
ほんとうに無粋なので、帰った方がいいですよ。
やっぱり戻る▲
それでも進む▼
ーーー(警告・ネタバレ)ーーー
月を見るなら十四番目がいい:荒井由実の4枚目のオリジナルアルバム(1976年リリース)のタイトル兼2曲目。「翌日から欠ける満月より、その一夜前の十四番目の月が好き」と歌う「余白の美学」。同年、松任谷正隆氏と結婚。さもありなん。
めぐりあひて見しやそれとも分かぬまに 雲がくれにし夜半の月かな:紫式部・百人一首57番。幼なじみとの束の間の再会。あわただしく別れた情景の歌。
めぐりあひて見しやそれとも分かぬまに 君がくれにし満つる月かな:「めぐりあひて」の本歌取り。というかパロディ。「雲隠れ」を「君が呉れ」に変換してある。「満つる月」は、満月であると同時に丸いお煎餅。表層は腹ペコ女子高生への愛ある茶化し。「あなたと出会い、それが何なのか分からないうちに、あなたは僕に満ちた月をくれた」と解釈すれば、最奥は王朝文化を踏まえた告白。
待つ乙女にはカロリーが必要だ:寒い中、待っているだけでもお腹が空く。真理。
ヒメネズミ:可愛さにおいて、アカネズミとの双璧。迷ったが響きの良さでこちらを選んだ。小動物系の詩織は、せんぱいにドストライクなんだろう。知らんけど。
このよをば我がよとぞ思ふ望月の 欠けたることもなしと思へば:ご存じ「望月の歌」。藤原道長が娘3人を入内させたときの祝宴で詠んだとされる歌。と、藤原実資の「小右記」に書かれているだけなので、「よ」が「世」なのか「夜」なのかは分からない。「夜」と読んだことは分かっていて、後輩ちゃんが敢えて茶化しているんだろう。
実際は満月が欠けたあとの歌らしいですよ:「望月の歌」が詠まれたのは、史実では満月の(少しだけ)後らしい。まあ、後輩ちゃんが照れ隠しで反撃しただけなので、実際がどうだったかはどうでもよい。
満月までずっと一緒にいよう:前半部分はよく頑張った。ここでやめとけばいいのに。
月の光こそ人類の夢だからだ!:「天空の城ラピュタ」の敵役・ムスカ大佐のセリフ「ラピュタは滅びぬ、何度でも蘇るさ、ラピュタの力こそ人類の夢だからだ!」から。ネタにしやすい場面ではあるが、ふたりの守備範囲が広いというだけで、若い者には通じないので注意しよう。せんぱい、日和ったな。
有明の月:某所の国際展示場とは無関係。満月を過ぎて明け方まで空に残っている月のこと。それ以上の解釈は後輩ちゃんに聞いてください。
兼盛くん:平兼盛。百人一首40番。「忍ぶれど色に出にけりわが恋は ものや思ふと人の問ふまで」の作者。おやおや、色に出てしまったんですねえ。