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万葉集って……?

    私は大学時代に研究したのは、万葉集でした。

    なんでかというと。元々、私は、さだまさしを研究したくて、文学部に行った部分が多少ありまして。
    しかし、さだまさしが好きというのも同世代ではなかなか憚られるわけで。
    それを研究したい!とはなかなか口外できるわけでなく。
    それで私が編み出した逃げ道が『万葉集』だったのです。

    たとえば、さだまさしの代表作ともいえる、『防人の詩』というのがありますが。

    これはもう万葉集に影響を受けまくりの曲なわけで。
    まず、タイトル。「防人」とは、白村江の戦い以降に唐や新羅の侵攻を怖れた当時の大和朝廷が、防御策として主に東国から男性たちを兵士として徴兵し、九州の沿岸に配備しました。その兵士たちのことを指します。「岬守(みさきもり)」という言葉から来たとも考えられています。

    そんな防人が職務の過酷さについて詠んだ歌を「防人歌」といい、それが万葉集に収録されているわけです。

    では、その防人歌が『防人の詩』のモチーフなのかといわれるとそういう単純な話でもなく。
    モチーフになったのは、巻十六にある、以下の和歌だそうです。
    鯨魚取 海哉死為流 山哉死為流 死許曽 海者潮干而 山者枯為礼
    (いさなとり 海や死にする 山や死にする 死ぬれこそ 海は潮干て 山は枯れすれ)

    いさなとり とは字にあるように鯨を取る人。漁師を指します。そして、これは海の枕詞でもあります。
    問答歌の形式をとっており、その漁師に詠み手は物を問うわけです。
    当時の漁師は、殊に、鯨を相手にするいさなとりは、人を超えたどこか、神に近いものと考えられていた側面があったようです。

    そんな漁師に聞きます。「海は死ぬのですか?」「山は死んでしまうのですか?」
    それに答えて曰く、
    「あぁ、死ぬよ。だから、海の潮は引いていくし、山は枯れていくではないか」というのです。

    これが、あの歌の歌詞につながるわけです。

    なんか、この話を聞いて、とんでもないなぁと思って。大学の図書館で万葉集を読みました。

    だって、万葉集って奈良時代の書物なわけで。その時代に。そんなことが書いてあんの? というショックです。

    さらに色々、物を知れば、
    万葉集は、勅撰和歌集でなく巻が20もあり、4500首を超えて歌が残っている。それはもはや、天皇から庶民に至るまで。まさしく「生きた声」が入っている。
    後の、賀茂真淵に言わせれば、混じりっ気のない、日本語。大和言葉。大和魂、ますらをぶりがそこにあるとか。そんなことを図書館で「マジか~」と言いながら読んでいました。

    はい。好きで溢れてます……(すみません)。

    で、当時は考えてたんです。

    教員になったら、こんな話を生徒にできるのかなぁ?

    そんなことを思って、十数年。

    どこかそれを「夢」として持ちつつ、この仕事を始めました。
    そんな国語教師には未だなっていません。いつか、なれるかなぁ~。

    ふとそんなことを思い出して、自分語りをしたくなりました。

    万葉集ってすごいんです。
    万葉集には私の夢がありました。

    或る国 拝


     
     
    或る国(あるこく) 国語教師。 国語教育/授業実践/ICT/GIGA/AI/長めのつぶやき/

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