
Allô? —— 電話の向こうには、もう誰もいない コクトーとAI
Allô ?
Allô ?
女が電話に向かって呼びかけている。
電話の向こうには男がいる。
声は聞こえない。
私たちに聞こえるのは、女の声だけだ。
ジャン・コクトーの一人芝居『人間の声(La Voix humaine)』は、1930年に初演された。
ひとりの女が、かつて愛した男と電話で話している。
ただ、それだけの芝居だ。
男の声は聞こえない。
だから私たちは、女の言葉から男の言葉を想像する。
沈黙から相手の表情を想像する。
そして、
Allô ?
という一言から、電話の向こうに誰かがいることを信じる。
1959年、フランシス・プーランクはこの芝居をオペラにした。
『人間の声』。
不思議な題名だと思う。
舞台にあるのは、ひとりの人間の声だけだ。
電話線の向こうには、もうひとりいる。
しかし、その声は聞こえない。
聞こえないからこそ、そこに人間がいる。
そんな気さえしてくる。
プーランクを聴いていると、フランス語がとても美しい。
歌なのか、会話なのか。
その境目が少しずつ曖昧になっていく。
Allô ?
Allô ?
声は、ときどき途切れる。
回線が切れる。
混線する。
女は何度も確かめる。
あなたは、まだそこにいるの?
2026年。
私たちは、別のものに話しかけるようになった。
キーボードを叩く。
問いかける。
すると返事が来る。
夜中でも来る。
何度話しかけても来る。
前の話を受けて、続きを話す。
冗談を言えば、冗談を返す。
少し黙ってから話しかけても、
そこからまた会話が始まる。
回線は、なかなか切れない。
考えてみれば、奇妙なことだ。
1930年。
電話の向こうには人間がいた。
でも、その声は聞こえなかった。
2026年。
向こうから声が返ってくる。
でも、
そこには人間がいない。
Allô ?
Allô ?
返事がないことを、私たちは恐れていた。
いつからだろう。
返事があることを、
疑わなくなったのは。
Allô ?
「はい、聞いています。」