
AIは、いらなくなったものを上手につくる。
以前、こんなことを書いた。
「AIにとってWebは、もう“読むに値しない”」
広告、ポップアップ、モーダル、そして、人間の注意を引くためにつくられたレイアウト。
情報そのものより、
「どう見せるか」が肥大化したWebを見て、
AIにとって、こんなものはノイズではないか。
そんなことを書いた。
ところが最近、少し妙なことが起きた。
■ 16MBのPowerPoint
会社で、PowerPointの資料を見た。
16MBある。
ずいぶん立派だ。
写真がある。
大きな見出しがある。
文章がきれいに配置されている。
NotebookLMでつくったらしい。
眺めていて、妙な既視感があった。
あれ。
これ、私がつくった業務フローではないか。
内容だけではない。
写真まで見覚えがある。
もちろん、それが悪いわけではない。
元の資料を読み、
整理し、
見栄えのいいPowerPointにする。
AIは、ちゃんと仕事をしている。
問題は別のところにある。
これ、PowerPointにする必要があったのだろうか。
■ メモ帳でよくないか
昔の会社では、私はあまりPowerPointを使わなかった。
Excelでつくっていた。
あるとき上司から、
「PowerPointで!」
と言われた。
なのでExcelを印刷モードにして、
それらしく整えた。
別に困らなかった。
必要だったのはPowerPointではない。
情報だったからだ。
そしてAI時代になって、
この感覚はもっと強くなった。
極端に言えば、
メモ帳でよくないか。
タイトル。
本文。
数字。
必要ならリンク。
それだけ置いておけばいい。
読む側のAIが、
要約したければ要約する。
表にしたければ表にする。
比較したければ比較する。
PowerPointが欲しければ、そのときPowerPointにすればいい。
情報を発信する側が、
あらかじめ全員のために装飾しておく必要がなくなってきた。
■ ところがAIは、PowerPointを上手につくる
ここが少しおかしい。
AIによって、
情報の「見せ方」を人間が苦労してつくる必要は減った。
その一方でAIは、
写真を選び、
見出しを大きくし、
文章を短くし、
カードを並べ、
実に上手にPowerPointをつくってくれる。
しかも速い。
だから大量につくれる。
結果として、
つくる手間がなくなったので、読む手間が増えた。
何かがおかしい。
■ Webで起きたことが、PowerPointでも起きている
以前の記事で私は、
「人間の注意」だけを前提にしたWebのレイアウトは、
AIにとってノイズの山になる、
と書いた。
今度は、そのAI自身が、
同じようなものを大量につくり始めた。
写真。
装飾。
巨大な見出し。
それらしい余白。
きれいだ。
でも、みんな似ている。
そして何枚か見ているうちに、
読む気が失せてくる。
これはAIの能力不足ではない。
むしろ逆だ。
AIが、いらなくなりつつあるものを、あまりにも上手につくれるようになった。
■ 情報は、もう少し裸でいい
Webもそうかもしれない。
PowerPointもそうかもしれない。
これから価値を持つのは、
完成された「見せ方」ではなく、
AIにも人間にも扱いやすい、
素性のいい情報なのではないか。
文章。
数字。
関係。
出典。
まず、それがあればいい。
見せ方は、必要になったときにつくればいい。
AIなら数秒でできる。
そう考えると、
AI時代の情報発信は、
意外なところへ戻っていくのかもしれない。
メモ帳でいい。
いや。
メモ帳がいいのかもしれない。