
「うちの子、何かが違う?」生後6か月、夜11時の帰宅後に娘を車に乗せて走った日々【第1話】
こんにちは、369です。
私は妻との離婚を経験し、離婚後は高校生だった娘と暮らすシングルファーザーとなりました。その後再婚し、現在は親の介護にも向き合っています。
発達障害のある娘を育ててきたことも、私の人生を形づくった大きな経験の一つです。
この連載では、娘が生まれた頃へ時間をさかのぼり、父親として迷ったことや、後になって気づいたことを、実体験をもとに綴っています。
今回は、娘が生まれてから少しずつ重なり、生後6か月ほどたった頃にはっきり意識するようになった「小さな違和感」と、眠らない娘を車に乗せ、夜の道を走った日々について書きます。
「無事に生まれてきてくれて、ありがとう」
娘が生まれたとき、私が最初に感じたのは、
「無事に生まれてきてくれて、ありがとう」
という気持ちでした。
元気に生まれてきてくれた。
ただ、それだけで十分でした。
1か月、2か月、3か月。少しずつ重なった違和感
ところが、1か月、2か月、3か月と過ぎるうちに、少しずつ気になることが出てきました。
生後6か月ほどたった頃には、娘が生まれた喜びや感謝は変わらないまま、うまく言葉にできない違和感を抱くようになっていました。
気になったのは、娘と目が合いにくく感じ、笑顔も少ないように見えたことでした。
さらに、よく泣き、なかなか眠ってくれませんでした。
抱っこをすると眠ることはあります。
しかし、眠った娘をそっとベッドへ置くと、また泣いてしまうのです。
「またか……。もう一度、寝かしつけか」
そう心の中でつぶやきながら、抱っこと寝かしつけを何度も繰り返していました。
子育ては、思っていたよりもずっと大変なのだと感じ始めた頃でもありました。
ほかにも、娘が足の親指を口に入れてなめる姿が気になりました。
現在の公的な発達情報を見ると、生後6か月頃に身近なものを口に入れて確かめることは、よく見られる発達の姿の一つです。
足の親指をなめたという一つの行動だけで、何かを判断できるものではありません。
けれど当時の私は、娘の一つ一つの行動が気になって仕方がありませんでした。
赤ちゃんなのだから、よく泣くのは当たり前なのかもしれない。
なかなか寝ない日があるのも、珍しいことではないのかもしれない。
そう考えようとしても、心の中には、
「何かが少し気になる」
という感覚が残り続けていました。
夜11時、娘を車に乗せてもう一度家を出た
当時の私は、赤ちゃんは一日の大半を眠って過ごすものだと思っていました。
けれど、実際の娘はよく泣き、なかなか眠りませんでした。
その一方で、病院へ行くときや外出するとき、車に乗せると、それまで泣いていた娘が落ち着き、眠ることがありました。
当時、私が仕事を終えて家に帰るのは、夜11時頃でした。
日付が変わり、午前0時を過ぎることもありました。
仕事を終え、くたくたになって家へ帰る。
すぐにでもお風呂に入り、布団で眠りたい。
ところが家に着くと、娘はまだ起きています。
しかも、まったく眠る様子がありません。
正直、参りました。
それでも、車なら眠ってくれることが分かっていました。
そのため、帰宅したばかりの私は娘を車に乗せ、もう一度家を出ました。
娘が眠りにつくまで続く、目的地のない深夜のドライブです。
娘がようやく眠ると、起こさないように気をつけながら家へ戻りました。
この頃の私には、娘がなぜ眠れないのか、なぜこれほど泣くのか、何に困っていたのか、まったく分かりませんでした。
ただ、少しでも娘が眠れるように、そのときの自分にできることを続けるしかありませんでした。
今振り返れば、仕事で疲れ切った状態で深夜に運転することは危険でした。これはあくまで当時の経験であり、寝かしつけの方法として勧めるものではありません。
一つの行動だけでは判断できない
振り返ってみても、この頃の一つ一つの様子を、
「発達障害の兆候だった」
と断定することはできません。
赤ちゃんの発達や生活リズムには個人差があります。
とはいえ、私が気になっていたのは、一つの行動だけではありませんでした。
目が合いにくく感じたこと。
笑顔が少ないように見えたこと。
よく泣いたこと。
なかなか眠らなかったこと。
いくつもの様子が重なり、それが続いていたことに、私は言葉にできない違和感を覚えていたのだと思います。
この時点では、後に療育へつながり、娘に発達特性があると分かることなど知りませんでした。
今の私なら、こう記録する
今振り返ると、当時の自分に伝えたいことが二つあります。
一つは、違和感をすぐに何かの答えへ結びつける必要はないということ。
もう一つは、気になったことを簡単に記録しておけば、乳幼児健診や小児科などで相談するときに、状況を伝えやすくなるということです。
記録するのは、次のようなことです。
いつ、どのようなときに泣いたのか
どこなら眠れたのか
何をすると落ち着いたのか
いつ頃から気になるようになったのか
長い日記を書く必要はありません。
たとえば、
「夜11時頃、自宅。抱っこでは眠るが、ベッドに置くと泣く。車に乗せると落ち着いて眠った」
このように、見たことを一行残すだけでもよかったのだと思います。
記録は、自分で診断をつけるためのものではありません。
目の前の子どもが何に困り、どのようなときに安心できるのかを知り、相談するときに具体的に伝えるためのものです。
「気にしすぎかもしれない」
「うまく説明できない」
そのような段階でも、健診や小児科で話してよかったのだと、今は思います。
娘が生まれた喜びが、消えたわけではありません。
その喜びの隣に、父親として見過ごせない小さな違和感が生まれ始めていたのです。
その違和感は、娘の成長とともに、少しずつ大きくなっていきました。
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娘が店やファミリーレストランへ入ると、大きな声で泣いていた理由について書きました。
▶ほかの連載も書いています
離婚からの人生再出発、探偵・弁護士へ相談した経験、50代の日常エッセイなどを、テーマ別のマガジンにまとめています。
※この記事は、わが家で実際に経験した出来事を記したものです。個々の行動から、発達障害などを判断するものではありません。子どもの発達や行動が気になる場合は、乳幼児健診、小児科、自治体の相談窓口などへ相談してください。
参考にした公的情報
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