
上手く生きることは、上手く境界線を引くこと。
長かった冬休みが終わりました。日中ずーっとワンオペな冬休み。遠出も帰省もしていない冬休み。それでも、こどもたちと走り回っていい時間だったと思います。
さてさて、冬休み中にもいろんなことを考えて過ごしていたので、ここらで一度アウトプットです。
上手く生きることは、上手く境界線を引くこと。HSPならなおさら!
私はHSP気質を持っています。幼少期は聴覚強め、現在は視覚と触感がアゲアゲです。
HSPに気づいたきっかけはChatGPT先生ですが、その経緯はこちらに↓
人間一人では生きていけません。たくさんの人と関わりながら生きています。
そんな中でHSPの強すぎる共感力や、感受性の高さは時として自分を苦しくします。
面と向かっている相手はもちろん、私は喫茶店などでも、店内にいるお客さんの空気が悪いと全くくつろげず、緊張してしまいます。たとえ離れた席でも敏感に察知して勝手にこわばってしまいます。めんどくさいやつです。笑
それが身内や親しい友達などになってくると、相手のしんどさをまるごと背負うようなことになってしまうんです。無意識のうちに。
そんな時期があったものの、今の私はわりと人の感情に振り回されなくなってきました。
「あー私、しんどい気持ちもらいかけてるなー」「私イラついてるなー」と客観的に自分を見られることが多くなった気がします。そして同時に「これは相手の感情。私が拾うべきものではない」という境界線をひけるようになったと感じます。
冬休みの親子に起きたわかりやすい実例を書かせていただきます。
冬休み、親子の境界線
感情にひっぱられすぎない…わかりやすいのがこどもとの関係です。
秋ごろに田中茂樹さんの著書に感銘を受けて、宿題への口出しを一切やめました。それから初めての長期休みでした。
娘&息子は遠出できなくても家の近所の大好きな公園に行ったり、100円ショップでシールを探したり、たのしいことを自ら提案してたくさんやりました。
ですが娘は小学生。冬休みにも宿題はあります。
私は「宿題どのくらいの量あるの?スケジュール見ときなよ~」くらいの声掛け。
で、どうなったかというと新学期開始2日前に「やばい!宿題終わってない!!」と言い出す。残量8割。笑
これまでの私だったら毎日毎日ネチネチと「遊んでないと宿題終わらないよ」「宿題やってから遊びな」しまいには「だらしないよ!」とブチ切れていたことでしょう。
でも今回は違いました。焦る娘を見ながら「娘は冬休み満喫したんだな~★良かった良かった」と思っていました。
娘はその後、頑張って宿題をはじめるも、手ごわさにイラついて癇癪を起しかけていましたが、私は至って冷静。
「宿題が間に合わなかったらどうしようって不安なのかなーかわいそうだなー」と感情をふまえつつ、背景を考えることができました。
考えた結果、「もしね、宿題が間に合わなくても、お母さんはあなたのこと大好きだし、ずっと味方だよ」と穏やかに伝えました。
すると娘は表情がパッと明るくなり、寝る前まで頑張って宿題に取り組み、翌朝5時半起きを自ら決めて、宿題をやりとげました。(5時半に起こすのは私。笑)
この件に関して私が引けた境界線は↓こんな感じだと思います。
■宿題は娘自身の問題
■宿題を完遂できなくても、それは私の責任ではない
■私は共感はするけど、引き受けない
こどもは四六時中一緒であり、精神的な距離も近い相手。だからこ、そこどもの感情にはひっぱられやすいし、こどもが不機嫌になると私もイラっとしてしまいがちです。
私が疲れていたり、精神的に余裕がないと上手く境界がひけなくなってしまうので、今後も要注意です。笑
人と人との「境界線」という感覚

昔から過干渉な人とか、過度に同調を強要する人が苦手でしたが、いずれも「境界線を無断で越えて、踏み込んでくるタイプ」だったのかも?
以前からなんとなく感じていたことがついに言語化できました。
私の特性上、言語化することが一番なのです。さまざまな問題に関しても、そのものの解決より言語化&構造が理解できれば、9割解決したようなものなんです。私の世界では。笑
最後まで読んで下さり、ありがとうございました!
よい一日をお過ごしください。