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NSPは、私が椎葉村の小学生だったときに、ラジオから流れてきた「雨は似合わない」を聴いてからファンになった

    日向市の文化交流センターにコンサートを見に行ってきました。

    昔、NSPというフォークグループがありました。

    岩手県一関市の天野滋さん(ボーカル・ギター)、中村貴之さん(ボーカル・ギター)、平賀和人さん(ボーカル・ベース)の3人のグループです。

    1973年にデビューして、一昨年が50年でした。

    「さようなら」、「夕暮れ時はさみしそう」、「八十八夜」などのヒット曲があります。

    ただ、天野さんと中村さんは既に亡くなっており、平賀さんだけとなっていました。

    このNSPが再結成して50周年のコンサートを開くという話を聞きつけたのが、昨年正月頃でした。

    日向市に来るということを聞いて、大変驚きました。

    グループ唯一のサバイバー平賀さんと、NSPをこよなく愛するシンガーソングライターゆりえさんが組んだ、YSP(ゆりえすぴー)が歌うということでした。

    「おいおい冗談はよしてくんな。どげなコンサートになるっちゃろうか?」
    と半信半疑で日向に行ったのです。

    最初に、へんな男性(失礼)の3人組のグループが出てきて、「八十八夜」を歌い出したのです。

    誰?  

    まさかNSPじゃないよね。

    天野さんと中村さんは亡くなっているので、おかしいよね。

    本人たちの説明で、日向で活躍している「ムトウス」というグループで、幽霊ではなく「前座」と言うことがわかりました。

    そして満を持して、本命のYSPが登場しました。

    ベースの平賀和人さんの口ひげは、往年のままでした。

    ゆりえさんは、笑顔が素敵な女性で、フジテレビのアナウンサーの寺田理恵子さんの娘さんでした。

    ラジオ番組を持っており、それに平賀さんがゲストで呼ばれて、NSPの曲をゆりえさんと歌ったことがきっかけで、YSPというグループ結成となったとのことでした。

    往年のNSPの曲は平賀さんが歌い、ゆりえさんは自分風にアレンジしたNSPの曲を披露しました。

    NSPの元歌もいいのですが、ゆりえさんアレンジのYSPの歌もこれまたグッドでした。

    「新たな価値」が加わったように感じました。

    平賀さんは天野さんの服を着て、ゆりえさんは天野さんのYAMAHAのギターで演奏しました。

    会場に集まった高齢者NSPファンも、納得しておりました。

    アンコールでは、前座をつとめたムトウスも参加して、「雨は似合わない」と「あせ」という曲を全員で合唱しました。 

    ゆりえさんが、ムトウスの3人は兄弟で鮫島病院の医師ということを最後にいいました。

    ムトウスが、今日のコンサートが日向市であることを、いろんなところで宣伝してくれたそうです。

    終了後に、5人が会場外で出迎えてくれました。

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    NSPは、私が椎葉村の小学生だったときに、ラジオから流れてきた歌「雨は似合わない」を聴いてからファンになりました。

    それから50年目にして初めて、NSP(1/3)のコンサートに行くことができ、平賀さんから握手もいただき、本当に感無量でした。

    鮫島病院の3兄弟医師ムトウスもよかったです!

    NSPの曲で私が好きなのは、「白い椅子の陰」、「歌は世につれ」です。

    ちなみに、私が初めて買ったレコードは、「赤い糸の伝説」でした。延岡市のレコード店でした。

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    初めて買ったアルバムは、「明日によせて」です。日向市のバスターミナルにあった旭化成サービスのレコード店でした。

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    今では、延岡のレコード店も日向のバスターミナルも無くなっています。

    しかし、歌は永遠です。

    ひとは歌に力をもらって生きている生き物だと思います。

    石塚真一氏の漫画「ブルージャイアント」で、音楽の黒木先生が言っていました。

    音楽は、人間にとって絶対に必要なモノだと……。

    舞台は仙台の高校ですが、黒木先生は、たぶん宮崎県出身ではないかと思っています。

     
     
    宮崎県椎葉村出身|公衆衛生と宮崎と民俗学をこよなく愛してやまない還暦プラス3の元厚労省医系技官|34年間の霞が関勤務を通して得た役に立つ公衆衛生のスキルと教訓を毎朝発信し、連続800日を達成!|公衆衛生講義録とミリタリ-・メディスン大全をマガジンで配信中|歴史小説書いてます|

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