
25、6歳から変わってないワタシ①〜過去ブログの再掲「何が善で何が悪か」
過去に書いていたブログを眺めていたら、私は中身が25、6歳からなんにも変わっていないことがわかった。
結婚してから今の今まで、時間が止まっていたように。
自分なりに成長したり、見聞が広がったようなつもりでいたけれど、なんてことない、ほとんどいまのnoteと同じことを書いている。
今のほうがあっけらかんとしているし、それほど悶々とはしていないのだけれど、根本は変わらないなあと思う。
今回から何回か、過去のブログを再掲してみようかという試み。
社会も、23年前からなんにも変わっていないような気がしてきた。
2003年7月23 日
何が善で何が悪か、
何が正義で何が不正か
なんて、人間の目からわかるわけがない。そう思う。でも、そう思っている限り、言葉には力がない。
抑圧という経験があるのとないのとでは、気の持ちようも異なるのかもしれない。
最近どうもネガティブ思考だ。
でも、今のご時世、ハッピーと心から言える人なんて、どれくらいいるのだろう。あまりいないんじゃないかしらん。
ある人が先日「人は皆やぶれかぶれ。地上に生きている人は罪びとの共同体です」と言っていた。
そのときはよく分からなかったが、人類は皆罪びと同士で、互いに補い合いながらでないと生きていけないということを言っていたのだと、今になって思う。
だから人は人を裁けないし、だれかを悪く言うことは結局自分に返ってくる。
ある犯罪者を庶民が断罪する。よくある話だ。以前夫が、「自分の中にある犯罪者の部分を、特定の人に負わせることで、人は安心するのでは」と話していたことがある。
これも今にして、ようやく理解できる。
人は補い合いながら、共に解放される道を歩んでいければいいと思う。
もっと凛として生きたい。ネガティブから解放されたいものだ。
②はこちら。