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三島由紀夫『金閣寺』

     はじめましての人も、前から知ってる方も、ごきげんよう。
     岡埜 由木古です。

     三島由紀夫作品の感想記事です。↓

     今更だが基本を押さえてこそ。

    2025年10月30日
    (文字数:約2100文字)


      『金閣寺』
      1956年発表 新潮社文庫 2020年発行

    ミシマユキオのキンカクシ

     故郷は小説などに一切の価値を認めない土地柄だった。

     とは言え彼らの立場にも置かれてみれば分かるだろう。日々土を耕すか、遠洋に船出するかして、確実な実りを得た者か貴重な獲物を掴んだ者でなければ、偉くはないのである。
     飯を得られないか得るための助力にならない人員となれば、同じ土地に生きる集団からも、同じ家に暮らす家族からも、見下されてそれで仕舞いなのである。

     生きていくために必要な知識などは小学校四年程度で充分であり、それよりは鍬クワの振り方網アミの打ち方を身につけた方が良い。それ以上を学ぼうとする者は、まして本などをいくら所蔵したところで、それは怠け者が額に汗して働きたくない言い訳としてしか受け取られない。

    「ミシマユキオのキンカクシんごたっとは、あれじゃろ。女ば抱きも切らん者が、ぐじゃぐじゃ言い逃ればしたがりよるだけじゃろ」
     土地の顔役がガハガハと座の中央で笑う呑みの席で、笑顔の片端を引きつらせた、集落の中では唯一と思われる文学かぶれの父親が、
    「そうじゃそうじゃ。ほんに○○さんの仰る通りじゃ」
     と追従する様子を、幼少期からなぜか呑みの場の端に座らされていた私は見ていた。

    「あいつらはひらがなも読み切らん。『金閣寺』と『仮面の告白』の区別も付きよらんとじゃ」
     客が帰った後で嘲笑う父親に、見下してしまえばその相手と同格になるのだろう、とも思って私は黙り込んでいたが。


    内容をざっくり

     実際に起きた放火事件はとりあえず意識の隅に置いて下さい。

     これは「小説」であり、三島氏はもちろん事件を取材していますが、実際とは異なる名前を付けて別の人格を作り上げています。
     ドキュメンタリーでは有り得ません。現実と混同しないように。

     京都府の舞鶴まいづる、も都会に感じる舞鶴からも少し離れた岬、のお寺に生まれた溝口みぞぐちくんが、
     父の希望により鹿苑寺ろくおんじの住職に預けられながら戦時中を過ごし、将来を期待され大谷大学への受験許可を得るも、成績を落として生活も乱れ、やがて鹿苑寺中の舎利殿「金閣」を焼き滅ぼす事を決意する。

     溝口くんが吃音者である事も、ちょっと忘れてくれていい。本人は重要な要素と意識しているけれど、両親との関係や、大戦中の空気も含めた全体が築き上げた結果だ。


    共感しないが理解する

     それを踏まえて溝口くんの人生を、少年期からなぞっていくと、共感はしないものの理解する。

     これは、焼くわ。

     病弱な父親から「金閣ほど美しいものはない」と言い聞かされながら育ったり、ツヤツヤでっぷりとした鹿苑寺の住職に貧しい父が頭を下げる様を見せられたり、父の死後母親が生家の寺を売却して帰る場所が無くなったり、空襲に遭って滅ぼされる(かもしれない)金閣と自分たちとを平等に感じたり、友人たちとの交流や思いがけない別れがあったりと、諸々の心身的動揺を経た結果だけども、

     うん。はっきりと書いてしまおう。ネタバレというよりここは是非とも、知った上で読み味わってもらいたい。

     女と致そうとすると金閣が現れるんだよ。

     白くふくよかな乳房が、光り輝く金閣に変貌し、目の前の女そっちのけで金閣の美しさに陶然としてしまうんだよ。

     ……コントじゃん。

     だけどそのコントが実際に、自分の身に起きてしまったとしたら、これはたまったもんじゃないぜ。もちろん女性たちからは白い目で見られるしよ。「お前の人生送っちまったら、そりゃあそれだけの金閣を身に抱えちまったりもするよなぁ。俺に出来るのは、せいぜいそうはならなくて良かったと、自分の生い立ちを有難く思うくらいだよ」
     と溝口くんが隣にいたら呑みに連れ出したくなるくらいには、その感覚を追体験できてしまう。


    確かにすごい三島

     ものすっごく心に響いたシーンがあるのだが、三島由紀夫の文章で、それまでの流れも踏まえて読み込まなければ味わえないために、簡略化した説明も当該部分の抜粋も避けたい。

     しかし一切触れないのも惜しいので箇条書きにすると、

    1、月が綺麗だからと金閣を訪れ、尺八を吹きに来た友人、柏木の描写
     大概の書き手であればここは、実に美しく、あるいは感動的に描き上げてしまうんだ。三島由紀夫は容赦の無い現実を克明に描くのだが、私は納得したし、かいつまんで聞かせた配偶者も納得出来た。
     “(・ω・)うわーさすが三島

    2、火を点けようと溝口が立ち向かって見た金閣の描写
    「ここだけでも読んで!」
     と強く勧めたいところだが、

     ここを読んでまさしくその時その場の金閣を、ありありと頭に思い浮かべ切れるためには、序盤のあんまり好みじゃない箇所や、正直嫌な話だと感じる箇所まで、全ての道のりを積み重ねて来なければならない。
     全てはこの金閣を見せつけるためにあったと言ってもいいし、それを味わえたなら以降はこの小説全体を忘れ去ってしまってもいい。


    以上です。
    ここまでを読んで下さり有難うございます。 

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