
水彩詩集!積読美術館/フェルメール『画家のアトリエ』ショートショート
「ヨハネス、またそんなに本を買い込んで……。パン屋への支払いも残っているのよ、分かってる?」
妻のカタリーナが、アトリエの机の上に積み上がった、何冊もの羊皮紙の本を溜息まじりに見つめた。
そこには地理学、光学、古代神話の重厚な書物が山を成している。
ヨハネス・フェルメールは絵の具の混ざった筆を置き、照れくさそうに微笑んだ。
「すまない、カタリーナ。だが、どうしても光と世界の仕組みを知りたくて。この本には、私がまだ見たこともない世界の理が詰まっているんだ」
「でもあなた、先週買った、その大きな地理書だって、まだ最初の数ページしか開いていないでしょう? 部屋の隅に積まれたまま……まるで『積読美術館』だわ」
カタリーナが困り顔で呟くと、フェルメールは、積まれた本の一冊にそっと手を置いた。
「『積読美術館』……素晴らしい表現じゃないか、カタリーナ」
「呆れた。褒めているわけじゃないのよ?」
「いや、本当にそうなんだ。私は年に数枚しか絵を仕上げられない。1枚描くのにも途方もない時間が掛かる。だが、この開かれぬ本たちはどうだ? 読まれずとも、ここにあるだけで静かに光を放ち、私に『まだ見ぬ問い』を与えて呉れる」
フェルメールは窓辺に歩み寄り、差し込む柔らかい光の中に、積まれた本をすっと指さした。
「絵を描く時、私はキャンバスに向かう時間以上に、窓からの光をじっと眺めている。本も同じさ。ページを開かなくとも、そこに知恵が待っているという気配だけで、この小さな部屋は世界と繋がる美術館になる。私の絵の中で静かに佇む女性たちのようにね」

カタリーナは夫の真摯な眼差しに触れ、ふっと表情を緩めた。
「相変わらず、理屈をつけるのだけは上手なのね。……で、その『美術館』の貴重なコレクションは、いつ読み終わるの?」
「そうだね……絵の具が乾くのを待つ間、1日に数行ずつ。じっくりと楽しむとするよ」
そう言うとフェルメールは、描き掛けの「絵画芸術」(別名:画家のアトリエ)の油彩画を、愛おしそうに眺めながら、本を開き、窓辺の光の中で静かに最初の1ページをめくった。
アトリエには、時がゆっくりと流れる特別な空気が満ちていた。
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