
第1回:【資料】ティトゥスの父ユゼフとポーランド
ショパンの親友ティトゥス・ヴォイチェホフスキ (Tytus Woyciechowski)
彼の父ユゼフ(Józef Saryusz Woyciechowski)を調べました。
史実と創作は分けて記事にしようと思います。
今回は史実年表と参考資料。次回は資料を見た疑問とマンガ創作記事です。
父ユゼフとポーランドの年表と地図
ユゼフ・サリューシュ・ヴォイチェホフスキ
Józef Saryusz Woyciechowski(1753年頃~1810年)
※正確な生年月日がわからないので、年齢は推定です。
ユゼフ前半 ポーランド王国が滅びるまで
1753年頃:ユゼフ誕生(推定)
1764年:スタニスワフ2世アウグストがポーランド国王に即位
1772年:ポーランド第一次分割。リヴィウはオーストリア領となる
1790年3月11日:ユゼフ(37歳)国王の侍従(シャンベラン)に任命される
1793年:ポーランド第二次分割。国土がどんどん小さくなる。
1795年:ポーランド第三次分割。ポーランド国家が消滅する。(ユゼフ42歳)
1798年2月:最後の国王スタニスワフ2世アウグスト(Stanisław II August Poniatowski)ロシアで亡くなる。
ユゼフ後半 ポトゥジン領主になる~結婚~その後
1804年2月28日:ユゼフ(51歳)、リヴィウでポトゥジンなどの領地を購入
1807年1月28日:ユゼフ(54歳)、マリアンナ(28歳)と結婚
1808年12月31日:リヴィウで息子ティトゥス誕生。家族はリヴィウで暮らしていた。
1810年3月30日以前:ユゼフ死去(推定57歳)
1812年2月3日 :親族会議。幼いティトゥスの養育と財産管理は、母マリアンナに委ねられる。
1815年以降の地図

参考資料 ボグダン・マルドフェル Bogdan Mardofelの論文
ティトゥスの年表は、ボグダン・マルドフェル(Bogdan Mardofel)氏の研究を主に参照しています。
19世紀および20世紀の社会経済史に関する研究
ウッチ大学の論文ページ(ポーランド語)
『ショパンの往復書簡をティトゥス・ヴォイチェホフスキの家族研究の資料として』(2011年)PDF(35p)を読む
LISTY CHOPINA I DO CHOPINA JAKO ŹRÓDŁO INFORMACJI DO BADAŃ NAD RODZINĄ TYTUSA WOYCIECHOWSKIEGO
また、ポトゥジンの土地購入については、次の論文を参考にしました。
『ザモシチ国立公文書館に所蔵されたティトゥス・ヴォイチェホフスキの伝記資料』(2008年)Materiały archiwalne do biografii Tytusa Woyciechowskiego w Archiwum Państwowym w Zamościu
論文ページ(PDF12p)
研究者マルドフェル氏について
マルドフェル氏は、製糖業や地域経済の歴史を研究している方です。2010年にはウッチ大学の歴史学研究所で博士論文を準備中で、製糖業の専門誌『Gazeta Cukrownicza』の編集長として紹介されています。
ティトゥスはショパンの親友であると同時に、ポーランドの農業や製糖業の発展に貢献した人物でもあります。
ティトゥスという人物を、ショパンと音楽以外の方面から研究されているのが、私にはとても興味深かったです。
🌟次回記事→【考察】なぜティトゥスの父を調べようと思ったのか?
長くなってしまったので、考察記事は分けます。