
【ショートショート】肉球人狼 昔語りの英雄 [毎週ショートショートnote]
いけない。これは、村の禁忌だ。
男の胸中で、警鐘が、けたたましく鳴った。
それでも。
男は、古い神殿の聖所の杯に満たされた水をあおった。
水は、瞬く間に全身を巡った。熱い。細胞が、一片も余さず焼き尽くされるようだ。それと同時に、男の体は、変貌していく。筋肉が盛り上がり、四肢は引き締まり、皮膚が強い毛に覆われる。
ウオオオオ!
臓腑を揺るがす唸り声を発した口には、鋭い牙が覗く。
体を燃やす焔の勢いのまま、男は外へ飛び出した。
半時間程で、片が付いた。
村の門の前に累々と重なる、無残な骸。村を襲撃しようとした盗賊団は、殲滅された。
人狼となった者が村に留まるわけにはいかない。男だった狼は、村に背を向けた。
「待って!」
背にかかる声。
「父さん……父さんでしょ」
娘だ。娘は、父に駆け寄った。
今や狼の父は、娘に、前足でそっと触れた。まだ柔らかい、温かい肉球で。それから、さっと身を翻し、走り去った。追う声に、振り返ることなく。
男の名は、村の記録から抹消された。けれども、それから長い間、各地で人々を守る狼の話が聞かれた。そして、男の村でも、炉辺の昔語りに、その名が伝えられていったのだった。
了483字
肉球人狼、二作目です。
前作はこちらです。
本作は、拙作長編ファンタジー小説〈隻翼の竜の書〉シリーズの世界の昔話です。〈隻翼の竜の書〉については、こちらをご覧ください。