
「親が変われば子どもが変わる」へのモヤモヤ感を言語化してみる
長男は小一の秋に突然、不登校になりました。
前回の記事で、日々の不登校対応をするなかでの
自分自身のマインドチェンジについて書きました。
マインドチェンジによって、私自身の気持ちが少し楽になったこと。
そして少しずつ息子の情緒も安定し、外に向けて動き出したこと。
そんな当時の記録です。
でも、記事を読み返すと、ひとつだけ懸念点が出てきました。
なんか私、あたかも
「親のマインドが変われば子どもが変わる!!」
と読者に読み取らせちゃうような記事を書いてない!?
と思ってしまいまして。。
というのも、息子の不登校の初期に
検索沼に堕ちていた私は、ネット・SNS上によくある
「親が変われば子どもが変わる!」
の言説に、見事に心を絡めとられまして。
「ってことは子どもの不登校は親の私のせい?」
「親の関わりを変える?肯定的に?受容が大事?頑張らなきゃ」
「親がミスったら子どもを追い詰めるんだから失敗できない!」
などと、まあ見事に、
自分で自分を追い込んでいた時期がありました・・・。
今振り返るとね、
あちゃーって思えるんですけど、
渦中にいると必死ですからね。
家で夫が息子に
「部屋きたないなー片付けろよ!」と
ちょっと小言を言おうものなら、
(こっちが必死に肯定・受容でやってんのに、
たまに出てきてブチ壊してくれるなや!!!)
と内心ブチ切れたり・・・。
(わずかに残った理性で、口には出しませんでしたが)
で、そんな異常メンタル期を乗り越えてですね、
それなりに息子の情緒も安定し、
生活が落ち着いてきた今思うことは。
親が変わるのは、親自身のため。
子どものことは変えようとするのではなく、
まずはゆっくり休ませたうえで
子どもを取り巻く環境を見直すことに注力すべし。
こんな感じです。
いや、そりゃあ不登校の理由は子どもによって様々ですし、
実際に「親が変わったら子どもが変わった」ケースもあるのでしょう。
でもそれってあくまで副次的な効果として捉えるくらいがいいんじゃない?と私は思うのです。
とくに、息子のように発達特性のある子どもに関しては
安易に親の関わりにすべての原因を収束させず、
どちらかというと、
学校を始めとした外部環境の調整のほうに労力を割くべきなのでは?
と感じるのです。
不登校は子どもの話ですが、たとえば大人で考えると。
大人が会社勤めをしていて、
うつや適応障害で会社に行けなくなってしまった場合。
一緒に住んでいる親御さんやパートナーに
どんなに家で優しくしてもらっても、だからといって
「よーっし、元気でてきたから会社いってきまーす!」
とはなりませんよね?
まずは休職だったり、復職するにしても働き方を変える、役職や部署を変える、あるいは転職するなどの環境調整を考えますよね。
大人はある程度、自分で環境を変えるアプローチをとることができますが、子どもにはそれができません。
だからこそ、そこは親や周囲の大人が動くべきところだと思うのです。
不登校対応で参考にしていた書籍に、印象に残る言葉がありました。
“学校の環境が子どもに合っていない場合には、登校しても健やかな成長につながらない可能性が高いです。子どもが登校することを頑張るのではなく、大人が環境調整を頑張りましょう。”
子どもに「学校に行く」ことを頑張らせるのではなく、
大人が「その子に合った環境づくり」を頑張るってことか。
と、スッと納得したのを覚えています。
この「環境調整」というのは、学校だけの話ではありません。
家を居心地よくすること・自宅学習の環境を整えること・フリースクールや習い事、放課後等デイサービスなどの外部の選択肢を用意することなど、その子に合った安心できる生活を構築しなおすこと、と捉えています。
息子のケースでは、
一時期は完全不登校でしたが
学校内の別室や、放課後等デイサービスという
「安心できる居場所」ができたことで、
少しずつ心が回復して元気になっていったように思えます。
とはいえ、
子どもを取り巻く外部環境の本丸である
学校の環境を調整する、というのがハードル高すぎるんですけどね…。
親の一存で出来ることでもなく。
息子の学校での環境調整について、
詳しくはまた記事にしたいと思います。
以上、「親が変われば子どもが変わる」へのモヤモヤ感を言語化してみました。
過去の私のように、
目を血走らせて「理想の親」を追求する
闇メンタルに陥る人が減りますように・・・
そんな気持ちで書きました。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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