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私のnote活動を「PERMA」で分析してみた|書くことは、私を幸せにしているのか

    先ほど、noteを歩いていたら、こんな記事に出会った。

    こよりさんの

    という記事。

    PERMAという5つの視点から、自分のnote活動を振り返ってみるという内容だった。

    読んでいて、

    「これ、私もやってみたい。」

    と思った。

    というのも、最近の私は自分でも不思議なくらいnoteを書いている。

    仕事のこと。
    過去のこと。
    「ミミ」のこと。
    本を読んで考えたこと。
    映画やドラマを観て感じたこと。
    誰かにもらった言葉。
    ずっと心の中に残っていた出来事。

    気づけば、日常のあちこちに「これ、書きたいな」がある。

    でも。

    私は、どうしてこんなにnoteを書いているんだろう。

    楽しいから?

    誰かに読んでもらいたいから?

    自分の考えを残したいから?

    それとも、まだ自分でも気づいていない理由があるのだろうか。

    せっかく面白い自己分析に出会ったので、私もやってみることにした。

    具体的なやり方は、こよりさんの記事を見てみてください。

    今回使う「PERMA」は、ウェルビーイングを考える5つの視点。

    • P=Positive Emotion(ポジティブ感情)

    • E=Engagement(没頭)

    • R=Relationships(関係性)

    • M=Meaning(意味・意義)

    • A=Accomplishment(達成)

    それぞれ100%満点として、これまでの私のnoteでの行動を振り返ってみた。

    結果はこちら。



    項目評価P:ポジティブ感情78%E:没頭94%R:関係性90%M:意味・意義98%A:達成89%平均89.8%

    ……高い。

    自分でもちょっとびっくりした。

    でも、中身を見ていくと、

    「note楽しい!最高!」

    という単純な話でもなかった。

    そして、点数以上に面白かったことがある。

    自分が思っている「私」と、実際の行動から見えてくる「私」が、少し違っていた。

    どうやら、

    自分のことは自分が一番よく知っている。

    ――とも限らないらしい。

    ひとつずつ見てみる。


    P|ポジティブ感情 78%

    ここは意外にも、一番低かった。

    考えてみれば当然なのかもしれない。

    私は、楽しいことだけを書いているわけではない。

    仕事で感じた違和感。

    「普通」について考えたこと。

    評価について思ったこと。

    障害受容。

    過去にもらった言葉。

    母とのこと。

    教育について考えたこと。

    書くために、あえて昔の記憶を開けることもある。

    だから、

    「楽しいから書く」

    だけではない。

    むしろ私の場合は、

    考える。

    ↓

    書く。

    ↓

    誰かに届く。

    ↓

    言葉が返ってくる。

    ↓

    ちょっと嬉しくなる。

    こちらの順番なのだと思う。

    最近は、他の方の記事を読むことも増えた。

    コメントを書くこともある。

    そして、自分の記事にも言葉を返していただく。

    「ああ、そこを読んでくださったんだ」

    と思うことがある。

    自分では気づかなかった視点をもらうこともある。

    誰かを救えるような文章を書けたら、と思っていたはずなのに。

    最近はむしろ、

    書いている私のほうが、救われている。

    だから78%。

    幸せなことだけを書く場所ではない。

    でも、

    書いたあとに、少し世界の見え方が変わる場所

    にはなっている。


    E|没頭 94%

    これは高かった。

    うん。

    自覚はある。

    (笑)

    ひとつ書き終わる。

    すると、

    「あ、これも書きたい」

    と思う。

    それを書いている途中で、

    「そういえば、あの話もあったな」

    と思い出す。

    本を読めば考える。

    映画やドラマを観ても考える。

    仕事をしていても、ふと立ち止まる。

    誰かの言葉を読んでも、

    「私はどうだろう」

    と考える。

    どうやら私は、

    noteを書いている時間だけnoteをやっているわけではないらしい。

    日常そのものが、書く材料になっている。

    これは「没頭」という意味では、かなり高い状態なのだと思う。

    ただし100%にはしなかった。

    没頭できることがあるのは幸せだけれど、

    「書きたい」が、

    いつの間にか、

    「書かなきゃ」

    になったら少し違う。

    たまには何も書かず、お茶でも飲んでいたほうがいい。

    たぶん。


    R|関係性 90%

    これは、noteを始める前にはあまり想像していなかった。

    私は最初、

    「自分の文章を書く場所」

    だと思っていた。

    でも最近は少し違う。

    読んでもらう。

    コメントをいただく。

    その人の記事を読みに行く。

    私も言葉を返す。

    また言葉が届く。

    そんな小さな往復が生まれている。

    私は、

    「文字での交流」が好きなのだと思う。

    文字なら、ゆっくり考えられる。

    相手の言葉を何度でも読み返せる。

    私も、自分の言葉を選んで返せる。

    そして何より、

    「聞こえる」「聞こえない」より先に、

    「この人は何を考えているんだろう」

    から関係が始まる。

    これは私にとって、思っていた以上に心地いい。

    フォロワーの数字だけでは測れないものが、少しずつ増えている気がする。

    だから90%。


    M|意味・意義 98%

    5項目の中で、一番高かった。

    たぶん、

    ここが私のnoteの中心なのだと思う。

    私は昔の出来事を書くことがある。

    嬉しかったことだけではない。

    むしろ、

    「なんだったんだろう、あれ」

    と思っていたことのほうが多いかもしれない。

    でも文章にしてみると、不思議なことが起きる。

    ただ嫌だった出来事が、

    「私は、ここから何を考えたんだろう」

    という問いに変わる。

    誰が正しかったのか。

    誰が悪かったのか。

    そこだけで終わりたくない。

    「じゃあ、どうすればよかったんだろう」

    「これからどうしたらいいんだろう」

    そこまで考えてみたい。

    私の経験そのものが、誰かの答えになるとは思っていない。

    同じ出来事でも、感じ方は人によって違う。

    でも、

    「こんなことがあった」

    と知ってもらうことには、何か意味があるかもしれない。

    誰かが少し立ち止まるきっかけになるかもしれない。

    これから同じ場所を通る誰かにとって、何か小さな材料になるかもしれない。

    そう考えると、

    自分の経験を、自分の中だけで終わらせなくてもいい。

    そう思えるようになった。

    だから98%。

    残り2%くらいは、

    何の意味もないことを書いて笑うために残しておこうと思う。


    A|達成 89%

    私は以前、

    「何者かにならなければ」

    と思うことがあった。

    何かを成し遂げなければ。

    誰かに認められなければ。

    目に見える結果を残さなければ。

    でもnoteを書いていると、

    「達成」というものの見え方が少し変わってきた。

    記事を書く。

    一本増える。

    また一本増える。

    でも、それだけではない。

    昔はただの「嫌だった記憶」だったものが、文章になる。

    誰かとの思い出が、文章になる。

    本を読んで感じたことが、自分の言葉になる。

    点だったものが、

    少しずつ線になっていく。

    そして最近、

    「私はこういうことを考えてきた人なんだな」

    と、自分自身について気づくことが増えた。

    これもひとつの達成なのかもしれない。

    だから89%。

    まだ完成した感じはしない。

    というより、

    完成しないほうが面白い気もする。


    自分が思っている「私」と、行動から見える「私」は少し違った

    今回、一番面白かったのはここだった。

    私は自分のことを、

    「迷いながら生きている人」

    だと思っているところがある。

    普通ってなんだろう。

    優しさってなんだろう。

    評価ってなんだろう。

    障害を受容するってなんだろう。

    人を信じるって、どういうことなんだろう。

    答えがわからないことばかりだ。

    だから私は、自分を

    「問い続けている人」

    だと思っていた。

    でも、これまでの行動だけを並べてみると、少し違った。

    疑問を持つ。

    考える。

    言葉にする。

    誰かの考えを読む。

    また考える。

    そして書く。

    つまり私は、

    迷って立ち止まっているというより、問いながら進んでいる。

    自分では、あまりそう思っていなかった。


    「何者かになる」より、「自分が何者だったのか」を知っている

    もうひとつ、意外だったことがある。

    私はときどき、

    「何者かにならなければ」

    と思う。

    でもnoteを書けば書くほど、不思議なことに逆のことが起きている。

    何者かになるために、新しいものを足しているというより、

    昔の経験。

    好きだった言葉。

    仕事で考えてきたこと。

    母からもらったもの。

    教育について考えてきたこと。

    人との出会い。

    ずっと引っかかっていた小さな違和感。

    そういう、

    もともと自分の中にあったものを拾い直している。

    何者かになるために書いていたはずなのに、

    書けば書くほど、

    「私はこういう人だったんだ」

    が見えてくる。

    これは少し面白い。


    私のnoteは「M → E → R → P → A」で回っているらしい

    今回の結果を並べてみると、私のnote活動にはひとつ特徴があった。

    私の場合、

    M:これを書く意味がある気がする。

    そこから始まる。

    ↓

    E:だから考える。夢中になって書く。

    ↓

    R:読んでくださった誰かと言葉がつながる。

    ↓

    P:届いたことが嬉しい。私自身もちょっと救われる。

    ↓

    A:そしてまた一つ、自分の言葉が残る。

    そして、

    また次の「書きたい」が出てくる。

    どうやら、この循環らしい。


    書くことは、私を幸せにしているのか

    最初に抱いた問いに戻ってみる。

    「書くことは、私を幸せにしているのか。」

    たぶん、

    単純に「はい」と答えるのは少し違う。

    書くことで、思い出さなくてもよかったことを思い出すこともある。

    自分の中にある違和感を、わざわざ掘り起こすこともある。

    考えすぎてしまう日もある。

    だから、

    書くこと=幸せ、

    ではないのだと思う。

    でも。

    書くことで、

    「あの出来事には、こんな見方もあったのかもしれない」

    と思えることがある。

    自分ひとりでは見つけられなかった意味を、誰かのコメントから教えてもらうこともある。

    過去そのものは変わらない。

    聞こえ方も変わらない。

    起きた出来事を、なかったことにもできない。

    でも、

    その出来事を、今の私がどう読むかは変えられる。

    そう考えると、

    私にとってnoteは、

    単なる発信の場所でも、

    日記でも、

    趣味だけでもない。

    今のところ一番しっくりくる表現は、

    「自分の人生を、言葉でもう一度読み直す場所」

    なのだと思う。

    PERMA平均、89.8%。

    数字だけ見ると、なかなか優秀。

    でも100%を目指すつもりはない。

    意味のある文章を書かない日があっていい。

    誰にも届かない日があっていい。

    何も成し遂げない日もあっていい。

    それでも、

    「今日は、これを書いてみたい」

    と思えるうちは、

    もう少しここで言葉を綴ってみようと思う。

    さて。

    皆さんにとって、

    つい夢中になってしまうものは何ですか。

    そしてそれは、

    あなたに、どんなものを返してくれていますか。

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