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なぜ、私は「澪」と名乗るのか。|海と雨と、私が選んだ名前

    昨日、初めて「海シリーズ」の記事を投稿した。

    私が一番書きたかったもの。


    誰かに何かを伝えようとするよりも、ただひたすらに、
    自分が見た景色や感じたことを書いた。

    書き終えたとき、ふっと心が軽くなった。

    ああ、私はこういうことを書きたかったんだな、と思った。

    海の中で見つけたものを、言葉にする。

    それは、私にとって自分自身を見つめ直す時間でもあったのかもしれない。

    そして、改めて気づいた。

    実は、私は最初から、ペンネームにこのnoteの方向性を委ねていた。

    noteでは、「澪」という名前で文章を書いている。

    もちろん、本名ではない。

    なんとなく響きが好きだから選んだ名前でもない。

    何を書くか、どんな場所にしていくか。

    まだはっきりと決まっていなかったけれど、
    自分が大切にしたいものだけは、
    この名前に込めておこうと思った。

    それが、「水」「雨」「令」。

    海のことも、人生のことも、自分が大切にしたい生き方も。

    振り返ってみれば、これまで書いてきた記事は、
    どれもこの名前に込めた思いにつながっていた。

    「澪」という名前を選んだのは、偶然ではなく、必然だった。

    今日は、そんな私のペンネームについて書いてみようと思う。

    水|自分に戻れる場所

    私は海が好きだ。

    好き、という言葉だけでは少し足りないかもしれない。

    私にとって海の中は、家族以外で見つけた、
    安心して自分でいられる場所でもある。

    普段、私は眠るとき以外、ほとんど補聴器を外さない。

    でも、海に潜るときは外す。

    そして、水中カメラを手にする。

    地上では補聴器をつけ、海の中ではカメラを構える。

    音を拾うことから離れて、光や色、生き物たちの一瞬を拾う。

    群青の世界に入ると、不思議なくらい自分に戻れる。

    地上では、聞き逃さないように、周りから取り残されないようにと、
    どこかで気を張っている。

    けれど、海の中では「聞かなければ」と思わなくていい。

    ただ目の前の世界を見つめていればいい。

    だから、「澪」という名前には、水のイメージを重ねたかった。

    雨|晴れの日ばかりが人生ではない

    雨もまた、水。

    だけど、海とは少し違う。

    晴れの日ばかりが人生ではない。

    思うようにいかない日もあったし、どうして自分だけと思った日もあった。

    それでも、雨はいつか止む。

    そして、雨が降ったからこそ見える景色もある。

    私はそんな時間も含めて、自分の人生を言葉にしていきたい。

    明るかった日のことだけではなく、雨の中を歩いた日のことも。

    無理に前向きにならなくてもいいし、すべての出来事に
    意味を見つけなくてもいい。

    ただ、あの日の自分が何を感じ、何を考えていたのか。

    それを忘れずにいたい。

    晴れの日も、雨の日も。

    どちらも、私だから。


    令|自分が思う「よい人」でありたい

    そして、最後は「令」。

    「令」には、「よい」「立派な」という意味もある。

    「よい人」とは、どんな人だろう。

    誰にでも優しい人。
    周りの期待に応えられる人。
    みんなから好かれる人。

    そんな人が、よい人なのだろうか。

    私はこれまで、人からどう見られるかを気にして、
    自分の気持ちを後回しにしてしまうことがあった。

    「普通はこうするもの」
    「みんなそうしているから」

    そんな言葉に出会うたび、立ち止まって考えることもあった。

    誰かにとっての正しさが、自分にとっても正しいとは限らない。

    誰かにとっての優しさが、別の誰かにとっても優しいとは限らない。

    だから私は、誰かにとっての「よい人」であることよりも、
    自分が思う「よい人」でありたい。

    それは、いつも正しくあることでも、誰からも好かれることでもない。

    間違えたら認めること。
    知らないことを、知ろうとすること。
    自分と違う考えにも、耳を傾けようとすること。

    そして、自分自身の気持ちも大切にすること。

    誰かの評価で決まる「よい人」ではなく、
    自分の行動に、自分で納得できる人でありたい。

    そんな願いを、「令」という字に重ねている。

    そして、「澪」|自分だけの道を歩く

    「澪」という言葉には、水の中にできる船の通り道、
    水路という意味がある。

    それを知ったとき、この名前がますます好きになった。

    広い水の中にある、ひとつの道。

    誰かと同じ道でなくてもいい。

    自分が通れる場所を探しながら、進んでいけばいい。

    私はこれまで、いろいろな場所で「当たり前」に出会ってきた。

    そのたびに立ち止まったり、悩んだり、ときには違う道を
    探したりしてきた。

    思い描いていた道を歩けなかったこともある。

    でも、違う道を歩いたからこそ、出会えた人や景色もあった。

    だから私は、この場所で「澪」として言葉を書いている。

    水のように、自分に戻れる場所を大切にする。

    雨のように、晴れない日も自分の人生として歩いていく。

    そして、
    誰かの期待する「よい人」ではなく、
    自分が思う「よい人」でありたい。

    自分なりの道を探しながら、これからも日々の中で拾ったものを
    言葉にしていきたい。

    そう思ってつけた名前が、

    「澪」。

    本名ではないけれど、私らしさが詰まった、大切な名前です。

    これからも、私らしく。

    私の記事は、きっとこれからもバラバラです。

    海のこと、仕事のこと、暮らしのこと。

    ときには過去を振り返り、ときには今日感じた小さな違和感について書く。

    ひとつのテーマに絞るつもりはありません。

    それは、私が私でいるために、書いているから。

    そして、皆さんの記事を読んで心が動き、
    また新しい言葉が生まれることもあります。

    ひとつの記事から次の記事へ。
    ひとつの出会いから、また次の出会いへ。

    書きたいことが次から次へと出てくるのは、
    きっと、ここでたくさんの人や言葉に出会えたから。

    いつも、本当にありがとうございます。

    これからも、あれもこれも投稿すると思います。

    話題があちこちに飛ぶこともあるかもしれませんが、
    それも含めて私らしいnoteなのだと思っています。(笑)

    どうぞ、気になる記事があったら、ふらっと遊びにきてください。

    読んでくださるだけでも、もちろん嬉しいです。

    言葉を交わせたら、もっと嬉しい。

    私が私でいるための場所が、
    誰かにとっても、
    ふらっと立ち寄れる場所になったら。

    そんなことを願いながら、これからも「澪」として書いていきます。

    ところで、皆さんの名前には、どんな物語がありますか。

    本名でも、ペンネームでも。

    名前にまつわる小さなエピソードがあれば、ぜひ聞かせてください。

    皆さんの名前に込められた思いも、読んでみたいです。🌿


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