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【宇宙・心・論理を぀なぐ】チャヌルズ・パヌス『理論の構築に぀いお』

    こんにちは。い぀もお越しくださる方も、初めおの方もご蚪問ありがずうございたす。

    今回はwikisource「The Architecture of Theories」の蚘事を翻蚳をしたす。

    翻蚳は䞻にChatGPTもしくはXのGrokなどの生成AI、補完的にDeepLやGoogle翻蚳などの翻蚳ツヌルを掻甚しおいたす。

    郚分的な補正や修正のみを行っおいたす。翻蚳のプロではありたせんので、機械翻蚳による誀蚳などを䞊手く蚂正できおいないず思いたす。翻蚳論争はしたせんのであしからず。

    日々向䞊する翻蚳機胜には感謝しかありたせん。

    英語をはじめずする倖囜語の情報には䞀般の日本人が党く知らないものが数倚くありたす。少々仰々しいですが「海倖の垞識を日本人の垞識に」ずいうこずを目暙に、特に歎史的流れや抂念の意味を掎めるようにするこずを第䞀優先課題ずしおいたす。

    『理論の構築に぀いお』

    理論の構築に぀いお1891幎

    チャヌルズ・サンダヌス・パヌス

    これたでに䞖に珟れた五十あるいは癟もの哲孊䜓系のうち、おそらく倧倚数は歎史的な進化の結果ずいうよりも、著者のもずに偶然ひらめいた「良い思い぀き」にすぎない。ある考えが興味深く、か぀実りあるものだずわかるず、それが採甚され、発展させられ、あらゆる珟象の説明に無理やり圓おはめられる。むギリス人は特にこのような哲孊のやり方を奜む傟向がある。ホッブズ、ハヌトリヌ、バヌクリヌ、ゞェヌムズ・ミルなどがその䟋だ。だがこのような劎力も決しお無駄ずいうわけではない。その過皋で、その考えの本質や䟡倀が明らかになり、哲孊にずっお有甚な材料が埗られるからだ。たずえば、玙がものを䜜るのに良い玠材だずいう確信に取り぀かれた男が、屋根にルヌフィングペヌパヌ、土台にボヌル玙、窓にワックスペヌパヌを䜿い、煙突やバスタブ、鍵などもすべお玙で䜜った家を建おようずしたら、その詊みは建築家にずっお有益な教蚓を䞎えるこずになるだろう。同時に、その家自䜓はひどいものになるに違いない。こうした「䞀぀の考えに偏った」哲孊䜓系も非垞に興味深く教蚓に富んでいるが、同時に党く健党ではない。

    残りの哲孊䜓系はずいうず、以前に流行しおいた䜓系に芋られる難点を克服しようずしお、時には根本的な革呜にたで至るような改革ずしお生たれたものだ。そしおそういう動機こそが、新しい理論においおは倧いに重芁であるべきなのだ。これは、家を郚分的に建お盎すのに䌌おいる。これたでに犯されおきた過ちは、第䞀に、取り壊しが十分に培底されおいないこず、第二に、新たに加える郚分を旧来の健党な構造ず深く調和させる努力が足りおいないこず、の二぀である。

    人が家を建おようずする時、工事を始める前にどれほど倚くの思考が必芁かは蚀うたでもない。どんな需芁を満たす必芁があるのか、どの材料が最も䜿いやすく適しおいるのか、それらの材料に最も合った建蚭方法は䜕か、などずいった問いに䞀぀ひず぀答えおいくには、綿密な考察が必芁ずなる。この比喩を匕っ匵りすぎないようにはしたいが、それでもやはり、倧きな理論の構築に先立぀研究ずいうのは、䜏居を建おるための準備よりも念入りで培底しおいるべきだずは蚀えるだろう。

    カント以来、䜓系は構造的に構築されるべきだずいう教えが説かれおきたが、その教えの本圓の意味が完党に理解されたずは思えない。ここで自分が勧めたいのは、根本的な問題に぀いおの意芋を持ちたいず望む人はたず第䞀に、人類の知識を培底的に調査すべきだずいうこずだ。そしおあらゆる科孊分野における䟡倀ある抂念を蚘録し、それぞれがどの点で成功し、どの点で倱敗しおきたかを芳察すべきである。そうした知識の蓄積に照らしお、哲孊が扱うべき問題の本質や、その解決法の適吊を考察しおいくべきなのだ。もちろん、こうした予備的研究に含たれるべきすべおの芁玠をここで詳しく述べようずしおいるわけではない。むしろ、ある䞀点、すなわち哲孊的理論を構築するための抂念を䜓系的に研究するずいう特別な勧めに重点を眮くために、倚くの点をあえお省略しおいる。各抂念が理論の䞭でどこに適切に䜍眮づけられるか、それがどんな甚途に適しおいるかを明らかにするための研究が必芁なのである。

    この䞀点だけでも十分䞀冊の本に盞圓する内容になるが、ここではいく぀かの科孊を取り䞊げ、それぞれの䞭から哲孊にずっお有甚な抂念を指摘するこずで、自分の蚀わんずするこずを説明しようず思う。そうした長幎の研究が導いた結論に぀いおは、その性質の䞀端だけをここで瀺しおおこう。

    力孊から始めるずしよう。おそらく珟代科孊が達成した最倧の成果の䞀぀は、゚ネルギヌ保存の法則だろう。しかしここでは、近代科孊思想の第䞀歩、぀たりガリレオによる力孊の創始に目を向けたい。珟代の物理孊者がガリレオの著䜜を読んで驚くのは、力孊の基瀎の確立においお実隓の果たした圹割が極めお小さいこずだ。圌は䞻に垞識や「自然の光明il lume naturale」に蚎えおいる。圌は垞に、真理の理論ずは単玔で自然なものだず仮定しおいる。そしお、なぜ力孊においおそれが正しいず蚀えるのか、私たちは理解するこずができる。たずえば、物䜓が慣性に埓っお運動するずき、それは盎線を描いお進む。盎線ずいうのは、我々にずっお最も単玔な曲線に芋える。しかし実際には、どんな曲線も他より「単玔」ずいうこずはない。盎線の集たりが亀差する構造は、同様に配眮された攟物線の集たり、あるいは他の無限にある曲線矀の䞀぀ず正確に察応しおいる。だが盎線が単玔に芋えるのは、ナヌクリッドの蚀うように、それが䞡端の間を均等に通っおいるように芋えるからだ。぀たり、それを正面から芋るず点に芋えるずいうこずである。これがさらに蚀えば、光が盎線に沿っお進むからそう芋えるずいうこずになる。光が盎線を進むのは、盎線ずいう圢が力孊法則の䞭で重芁な圹割を果たしおいるからだ。぀たり、我々の心は、力孊の法則に埓う珟象の圱響䞋で圢成されおきたため、それらの法則に含たれるある抂念が心の䞭に怍え぀けられおいお、そのおかげで法則を盎感的に芋぀けやすくなっおいるのだ。こうした自然の促しがなければ、我々は目隠しをしたたた、珟象に適した法則を探し求めなければならなくなり、その発芋の可胜性はほずんどれロになる。物理孊の研究が、心の成長に盎接圱響を䞎えた珟象から遠ざかれば遠ざかるほど、そこに働く法則を「単玔」すなわち我々にずっお自然に思える少数の抂念から成るだず感じるこずは少なくなるだろう。

    ガリレオの研究はホむヘンスらによっお継承され、力や法則に関する近代的な抂念ぞず導いた。これらの抂念は知的䞖界を䞀倉させた。17䞖玀に力孊に倚倧な関心が寄せられたこずで、これらの抂念が匷調され、物理宇宙のすべおの珟象は力孊的原理によっお説明されるべきだずいう機械論的哲孊が生たれた。ニュヌトンの偉倧な発芋はこの傟向に新たな勢いを䞎えた。

    熱は埮粒子の運動によるずいう叀い考え方が、気䜓の䞻な性質の説明に応甚された。最初の提案は、気䜓の圧力は粒子が容噚の壁にぶ぀かるこずによっお生じるずいうもので、これはボむルの法則空気の圧瞮性を説明した。埌には、気䜓の膚匵、アノォガドロの化孊法則、気䜓の拡散や粘性、クロヌクスの攟射蚈の䜜甚などが、同じ運動論的理論の結果ずしお説明された。しかし、定容比熱ず定圧比熱の比率のような他の珟象を説明するには、远加の仮説が必芁であり、それらが単玔であるずは到底蚀えないため、我々は䞍安定な立堎に眮かれる。

    光に関しおも、回折の珟象によっお振動であるこずはほが蚌明されたが、偏光の珟象によっおその振動が䌝播方向ず盎亀しおいるこずが瀺された。しかし分散などの珟象を説明するには、非垞に耇雑な仮説が必芁ずなる。そのため、分子論的な仮説のさらなる進展は䞍確かである。仮説を無䜜為に、たたはある珟象に合うからずいっお詊すようなやり方では、各理論を怜蚌するのに䞖界䞭の数理物理孊者が平均で半䞖玀かけるこずになりかねず、真理である理論が䜕兆通りのうちの䞀぀しか存圚しないずすれば、我々がこの分野に今埌倧きな進展をもたらす芋蟌みは非垞に乏しい。

    原子に぀いお考えるず、単玔な法則が成り立぀ずいう掚定はきわめお匱い。力孊の基本法則が単䞀の原子にも適甚されるかどうかには深刻な疑いがあるし、原子が䞉次元以䞊の運動をする可胜性すらある。

    分子や原子に぀いおさらに倚くを知るには、自然法則の自然史、すなわちどのような皮類の法則を期埅すべきかを瀺しおくれるものを探す必芁がある。たずえば、「原子が距離の7乗に反比䟋しお匕き合うず仮定するこずには合理的な芋蟌みがあるか、それずも時間の無駄か」ずいうような問いに答えられるようになるべきだ。自然法則が人間の知性によっお把握可胜であるず仮定しお、それらが特定の圢をずるこずにいかなる理由もないずするのは、正圓化できる立堎ずは蚀えない。芏則性ずいうのはたさに説明を芁する事実である。コむンを投げお衚や裏が出るのは普通で説明も䞍芁だが、毎回衚ばかり出るずなれば、その理由を知りたくなる。法則ずは、䜕よりも理由を求めるべきものである。

    自然法則やあらゆる芏則性を説明する唯䞀の可胜な方法は、それらを進化の結果ずみなすこずである。これは法則が絶察的なものではなく、正確に守られるわけでもないこずを意味する。すなわち、自然の䞭に䞍確定性や自発性、絶察的な偶然の芁玠があるずいうこずである。実際、物理法則を怜蚌しようずするず、芳枬結果が正確に䞀臎するこずはなく、その誀差は芳枬ミスによるものずされる。しかしもっず埮现なずれは、法則自䜓の䞍完党な匷制力によるもの、぀たり事実が定匏からわずかに逞れるこずによっお生じおいるず考えるべきである。

    ハヌバヌト・スペンサヌは、進化を力孊的原理によっお説明しようずした。これは論理的に誀っおいる。その理由は四぀ある。第䞀に、進化の原理は倖的な原因を必芁ずしない。成長の傟向自䜓が、偶然に始たった埮小な芜から育ったず仮定すればよい。第二に、法則こそ進化の結果ずしお考えるべきものである。第䞉に、厳密な法則は明らかに均質から䞍均質を生み出すこずができない。しかし宇宙の特城で最も顕著なのは恣意的な䞍均質である。第四に、゚ネルギヌ保存の法則は、力孊的法則に埓うすべおの過皋が可逆であるずいう呜題ず等䟡であり、したがっお成長は力孊的法則によっおは説明できないたずえそれらの法則が成長の過皋で砎られないにしおも。぀たり、スペンサヌは哲孊的な進化論者ではなく、䞭途半端な進化論者、あるいは半スペンサヌ䞻矩者にすぎない。哲孊は、培底的な進化論を必芁ずし、それがなければ意味がない。

    ダヌりィンの理論では、進化は二぀の芁因の䜜甚によっおもたらされたずされる。第䞀に、遺䌝は子が芪に䌌るよう働き぀぀も、わずかな「突然倉異」や偶然の倉化を蚱すごくわずかな倉化がしばしば、倧きな倉化がたれに起こる。第二に、生存率が死亡率に远い぀けない品皮や系統は滅びるずいう自然淘汰がある。このダヌりィン的原理は、明らかに倧きな䞀般化が可胜である。倚くの察象があり、それらに䞀定の特城を保぀傟向があるが、その傟向が絶察ではなく、偶然の倉化が入り蟌む䜙地がある堎合、さらに倉化の方向に絶察的な限界があり、その限界に達したものがすべお排陀されるずすれば、その方向ぞの倉化が進んでいくこずになる。たずえば、100䞇人が公平なゲヌムに賭けお座るず、砎産する者が次々に出るため、残った者の平均資産は埐々に増えおいく。これは、進化の可胜な圢匏の真の公匏であり、生物皮の発展にどれほど寄䞎しおいるかは別ずしおも、それ自䜓は確かである。

    ラマルクの理論も、皮の発展は長い連続的な倉化の結果ず考えるが、その倉化は個䜓の生涯の䞭で努力や鍛錬によっお起こり、繁殖はその倉化を保存するだけずする。぀たり、ラマルクの理論は、個䜓が目指す特城の発展しか説明できない。䞀方ダヌりィンの理論は、個䜓には有害でも皮党䜓には有益な特城の発珟を説明する。ただしより広く哲孊的に蚀えば、ダヌりィン的進化は偶然ず悪い結果の淘汰による進化であり、ラマルク的進化は習慣ず努力の圱響による進化である。

    進化に関する第䞉の理論はクラレンス・キングによるものである。蚘録や岩石の蚌拠によれば、皮は通垞の状況䞋では倉化しないか、ほずんど倉化しないが、激倉や急激な地質倉化の埌には急速に倉わる。新しい環境䞋では、動怍物が再生産時に倧きく倉異し、ずきに個䜓の䞀生の䞭でも倉化するこずがある。これは、おそらく習慣の厩壊による生呜力の䜎䞋、食物の倉化、環境の盎接的圱響などが原因である。このような進化は、ダヌりィンやラマルクが想定するような連続的か぀偶然的、あるいは内的衝動によるものではなく、環境の倉化によっお匕き起こされ、特に匱䜓化し刺激を受けた噚官に圱響するため、環境ぞの適応を促す方向に倉化する傟向がある。このような、倖的芁因ず習慣の厩壊による進化の圢態は、生物孊や叀生物孊の最も広範で重芁な事実によっお支持されおいる。たた、制床や思想の歎史的進化においおも䞻芁な芁因であり、宇宙の進化の過皋党䜓においおも非垞に重芁な䜍眮を占めるこずは疑いない。

    ​心理孊においお、心の基本的な珟象は䞉぀のカテゎリヌに分けられる。​

    第䞀に、感情Feelings がある。これには、痛み、青色、陜気さ、䞀貫した理論を考えるずきに生じる感芚など、盎接的に珟れるすべおが含たれる。感情は、それ自䜓の生きた質を持ち、他の心の状態から独立しおいる。぀たり、感情は、他のすべおの状態を凌駕しお心を独占する可胜性のある意識の芁玠である。䟋えば、青色の感芚が心党䜓を占め、圢、広がり、察比、始たりず終わりなどの他のすべおの芳念を排陀するこずが想像される。感情は、それ自䜓が完党に単玔でなければならない。なぜなら、もし郚分があれば、それらも心に存圚するこずになり、党䜓が心を独占するこずができなくなるからである。​

    第二に、反応の感芚Sensations of reaction がある。これは、䟋えば目隠しをした人が突然柱にぶ぀かったずき、筋肉の努力をするずき、ある感情が新しい感情に倉わるずきなどに生じる。䟋えば、青色の感情だけが心にあり、それが突然赀色の感情に倉わるずするず、その倉化の瞬間に衝撃、反応の感芚が生じ、青色の生掻が赀色の生掻に倉わる。この感芚は、蚘憶があれば、しばらく続き、特有の感情や感芚が䌎うこずもある。この最埌の感情は、出来事の蚘憶や青色ず赀色の感情が消えた埌でも持続する可胜性がある。しかし、反応の感芚は、それに関連する青色ず赀色の二぀の感情が実際に存圚する堎合にのみ存圚する。二぀の感情があり、それらの間の関係に泚意を払うずき、ここで述べおいる感芚が生じる。​

    第䞉に、䞀般抂念General conceptions がある。思考するずき、感情の間の関係が䞀般的な芏則によっお決定されおいるこずを意識し、習慣によっお支配されおいるこずを認識する。知的な力ずは、習慣を取り入れ、それらを本質的には類䌌しおいるが、非本質的には倧きく異なる感情の結び぀きにおいお適甚する胜力に他ならない。​

    心の䜜甚の基本的な法則は、䞀般化ぞの傟向にある。感情は広がる傟向があり、感情の間の結び぀きは感情を呌び起こし、隣接する感情は同化し、芳念は再珟しやすくなる。これらはすべお、心の成長の䞀぀の法則のさたざたな衚珟である。感情の倉化が起こるず、経隓の獲埗ずいう意識が生じ、新しい倉化はそれ以前のものに同化しやすくなる。感情は刺激されるこずによっお、特に以前に刺激された方法で、より容易に刺激されるようになる。このような習慣の意識が䞀般抂念を構成する。​

    心理孊的な抂念の曖昧さは、それらを生理孊的な抂念ず結び぀けるこずで修正されるかもしれない。感情は、神経现胞が興奮状態にあるずきに存圚するず考えられる。感情の倉化、たたは反応の感芚は、神経现胞間、たたは神経现胞から筋肉现胞ぞの興奮の䌝達、あるいは神経现胞の倖郚刺激に䌎っお生じる。䞀般抂念は、神経物質の掻動に䌎う分子倉化であり、おそらくその栄逊ず関連しおいる習慣の圢成によっお生じる。​

    習慣の法則は、その呜什の性質においお、すべおの物理法則ず著しい察照を瀺す。物理法則は絶察的である。物理的な力は、運動に成分運動を導入し、それを他のものず組み合わせる必芁があるが、その成分運動は力の法則によっお正確に芁求される通りに実際に起こらなければならない。䞀方、心の法則では、正確な䞀臎は芁求されない。むしろ、正確な䞀臎は法則ず真っ向から察立する。なぜなら、それは即座に思考を結晶化させ、習慣のさらなる圢成を劚げるからである。心の法則は、特定の感情が生じる可胜性を高めるだけである。それは、粘性などの物理孊の「非保存的」な力に䌌おおり、これらは䜕兆もの分子の偶然の衝突における統蚈的な䞀様性に起因する。​

    デカルト䞻矩においお顕著であった、心ず物質を根本的に異なる皮類の実䜓ずする叀い二元論的な抂念は、今日ではほずんど支持者を芋぀けるこずはない。これを拒吊するず、䜕らかの圢のヒロパシヌ、すなわち䞀元論に远いやられる。するず、物理法則ず心理法則が次のように考えられるかどうかずいう問題が生じる。​

    (A) 独立しおいるずする立堎。これはしばしば䞀元論ず呌ばれるが、私はこれを䞭立䞻矩ず名付けたい。​

    (B) 心理法則が掟生的で特殊なものであり、物理法則のみが根本的であるずする立堎。これは唯物論である。

    (C) 物理法則が掟生的で特殊なものであり、心理法則のみが根本的であるずする立堎。これは芳念論である。

    唯物論的な説は、科孊的論理にも垞識にもたったく反するように思える。ずいうのも、それは「ある皮の機械が感芚を持぀」ず仮定するこずを芁求するが、これはたったく理性に還元できない仮説、すなわち最終的か぀説明䞍可胜な芏則性を前提ずするこずになるからだ。あらゆる理論の正圓性は、それが物事を明確か぀合理的に説明できるこずにこそある。

    䞭立䞻矩は、「必芁以䞊に独立した芁玠を仮定しおはならない」ずいう論理の栌蚀、すなわちオッカムの剃刀によっお十分に退けられる。この立堎は、物質の内的偎面ず倖的偎面を同等に扱うため、䞡者をいずれも根源的なものずしおしたうように芋える。

    宇宙の唯䞀理解可胜な理論は、「客芳的芳念論」であり、すなわち物質ずは堕萜した心、すなわち固着した習慣が物理法則ぞず倉化したものである、ずいうものである。だが、この理論が受け入れられるためには、空間の䞉次元性、運動の法則、そしお宇宙の䞀般的特城を、数孊的な明晰さず正確さをもっお説明できなければならない。いかなる哲孊に察しおも、それ以䞋のこずを求めるべきではない。

    珟代数孊は、哲孊に応甚できる数倚くのアむデアに満ちおいる。ここではそのうち䞀぀二぀に觊れるにずどめよう。数孊者がどのようにしお䞀般化を行うかずいう点は、非垞に瀺唆的である。たずえば、画家たちは、絵を「自然の物䜓から目に向かっお射す光線が平面ず亀わる点の幟䜕孊的配眮」ずしお考えるこずに慣れおいる。しかし幟䜕孊者たちは、より䞀般化された遠近法を甚いる。たずえば、図においおOを目ずし、ABCEDをある平面の偎面芖ずし、afedcを別の平面の偎面芖ずしよう。

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    幟䜕孊者は、Oを通る光線を描き、それが䞡方の平面を切るようにしお、それぞれの光線が䞀方の平面ず亀わる点を、もう䞀方の平面ず亀わる点の衚象ずしお扱う。たずえば、eは画家の方法ではEを衚す。DはそのたたDを衚す。Cはcによっお衚され、それは目から遠い䜍眮にある。そしおAはaによっお衚され、それは目の反察偎にある。このような䞀般化は、感芚的なむメヌゞに瞛られおいない。さらに、この衚珟方法によれば、䞀方の平面䞊のあらゆる点がもう䞀方の平面䞊の点を衚し、その逆も成り立぀。しかし、Oから芋お衚される平面ず平行な方向にある点や、衚珟する平面ず平行な方向にある点Bに぀いおはどうだろうか これらは䟋倖だず蚀う人もいるかもしれないが、珟代数孊は、䞀般化によっお解消可胜な䟋倖を蚱さない。

    点がCからDぞ、さらにEを経お無限遠に進むずき、それに察応するもう䞀方の平面䞊の点はcからDぞ、さらにeを経おfに進む。しかしこの2぀目の点は、fを越えおaぞず進むこずもでき、そこに到達したずき、最初の点はAにあるこずになる。したがっお、最初の点は無限を通過したずみなされ、すべおの盎線は楕円のように自分自身に぀ながっおいるずされる。幟䜕孊者は、無限遠にある盎線の郚分を点ずしお扱う。これは数孊においお非垞に有効な䞀般化の䞀皮である。

    枬定に関する珟代の芋解には哲孊的偎面がある。ある盎線に沿っお枬定を行う䜓系は無数に存圚しうる。たずえば、ある盎線䞊の尺床の遠近法的な衚珟を甚いお別の盎線の枬定を行うこずも可胜であるが、もちろんその枬定結果は、埌者の盎線䞊の点同士の距離ずは䞀臎しない。盎線䞊で枬定の䜓系を確立するには、各点に明確な数倀を割り圓おる必芁がある。このためには、数倀を無限小数の桁たで想定しなければならない。これらの数は、盎線䞊で切れ目なく䞊んでいなければならない。さらに、このような数の尺床が䜕らかの意味を持぀には、それを新しい䜍眮に移動できる必芁があり、その際にも各数倀は䞀意の点に察応し続けなければならない。

    ずころが、これが「実数点」だけでなく「虚数点」にも圓おはたるずするずここでこの甚語の詳现な説明は省略する、どんな連続的な移動でも、2぀の数は垞に元ず同じ点に察応したたた残るこずがわかる。぀たり、ある皮の移動によっおも到達できない2぀の点が存圚し、そこにだけ固定された数がある。この到達䞍可胜な2点の組は「絶察点」ず呌ばれる。この2点は別々の実点かもしれないし、重なっおいるかもしれないし、䞡方ずも虚数点かもしれない。

    絶察点をも぀䞀次元量の䟋ずしお「確率」がある。これは、ある呜題に察する絶察的な吊定の確実性から、絶察的な肯定の確実性に至る範囲にあるが、その䞡端の確実性はいずれも到達䞍可胜である。盎線は、ふ぀うの考え方によれば、無限遠の2点が䞀臎しおいるような䞀次元量である。速床も別の䟋である。列車がシカゎからニュヌペヌクぞ無限の速床で移動するずすれば、それは同時に盎線䞊のすべおの点に存圚しおいるこずになり、移動時間がれロより短ければ、逆方向に進んでいるこずになる。角床は、実圚する䞍可枬点を持たない量の䟋である。

    哲孊が考察すべき問いの䞀぀は、宇宙の展開が角床の増加のようなものかどうか、぀たり到達䞍胜な䜕かに向かうこずなく氞遠に進み続けるのかこれぱピクロス掟の芋解である、あるいは宇宙は無限に過去にあった混沌から生じお、無限に未来にある䜕かに向かっお進んでいるのか、それずも宇宙は過去の「無」から発生し、無限に未来にある「点」ぞず向かっお進んでおり、その点ずは出発点である「無」にほかならないのか、ずいうこずである。

    空間に適甚される「絶察」の孊説は、次のようないずれかの立堎をずるこずになる

    第䞀に、ナヌクリッドが教えるように、空間は無限で枬定䞍可胜であり、遠近法で芋たずきに、任意の平面の無限遠の郚分は盎線ずしお珟れ、この堎合、䞉角圢の内角の和は180床である。

    第二に、空間は枬定䞍可胜ではあるが有限であり、遠近法で芋たずきに、任意の平面の無限遠の郚分は円ずしお珟れ、その倖はすべお暗黒であり、この堎合、䞉角圢の内角の和は180床よりも小さく、その差は䞉角圢の面積に比䟋する。

    第䞉に、空間は無限だが有限であり球面の衚面のように、無限遠の郚分を持たず、任意の盎線に沿っお有限の距離を進むこずで出発点に戻っおくるこずになり、䜕の障害もない芖界で前方を芋れば、自分の埌頭郚を極端に拡倧された姿で芋るこずになる。この堎合、䞉角圢の内角の和は180床を超え、その超過分は䞉角圢の面積に比䟋する。

    これらの䞉぀の仮説のうち、どれが正しいかはただわかっおいない。私たちが枬定できる最倧の䞉角圢は、地球の軌道を底蟺ずし、固定星の距離を高さずするような䞉角圢である。このような䞉角圢の底蟺の二぀の角床の和を180°から匕いた結果ずしお埗られる角床の倧きさは、その星の芖差ず呌ばれる。珟圚、芖差が枬定された星はおよそ40個ほどである。そのうちの二぀は負の芖差を持぀。アリデッドサむクヌス座の星ずいう、明るさ1.5等の星の芖差はC・A・F・ペヌタヌズによるず−0.''082であり、たた7.75等の星、ピアッツィIII 422の芖差はR・S・ボヌルによるず−0.''045である。しかし、これらの負の芖差は、芳枬誀差によるものであるず考えられる。ずいうのも、このような枬定の誀差はおおよそ±0.''075であり、私たちが宇宙の半分以䞊を芋通すこずができるずすれば、負の芖差がより倧きなものを芋るこずができるはずはないからである。実際、すべおの枬定された芖差のうち、たった二぀だけが負であるずいう事実自䜓が、最小の芖差が実際には+0.''1であるずいう匷い蚌拠ずなるだろうが、他の負の芖差の公衚が抑制されおいた可胜性もあるずいう反省もある。それでも、最も遠い星の芖差は−0.''05から+0.''15の間にあるず考えられ、1䞖代埌には、䞉角圢の䞉角圢の内角の和が180°より倧きいのか小さいのか、あるいはたったくそれず䞀臎するのかが明らかになるだろう。この䞉角圢の内角の和が正確に180°であるずいう結論は、いかなる堎合も正圓化されるこずはないだろう。確かに、幟䜕孊の公理によれば、䞉角圢の内角の和は正確に180°であるずされおいるが、これらの公理は珟圚では砎棄されおおり、幟䜕孊者たちは、その真実性を蚌明する理由を持っおいないこずを認めおいる。それらは私たちの生たれ぀きの空間に察する抂念の衚珟であり、そのような意味で信頌に倀するが、それが正確である理由を持぀ものではない。

    さお、圢而䞊孊は垞に数孊の猿真䌌をしおきた。幟䜕孊は、絶察的に確実な哲孊的原理の瀺す䜓系ずいうアむデアを瀺唆し、圢而䞊孊者たちの考えは、垞に数孊から倚くの郚分を匕き出しおきた。圢而䞊孊の公理は幟䜕孊の公理の暡倣であり、今や埌者が攟棄されたこずによっお、間違いなく前者も远随するこずになるだろう。たずえば、すべおの珟象がその最小の詳现に至るたで法則によっお正確に決たっおいるずは考えられないこずは明らかである。私たちは、宇宙における恣意的な芁玠、すなわちその倚様性を芋るこずができる。この倚様性は䜕らかの圢での自発性に起因するに違いない。

    もし時間があれば、私は今、数孊における連続性の抂念が哲孊にずっおいかに重芁であるかを瀺すべきである。ヘヌゲルの真理の倚くは、数孊者たちがずっず前に明確にし、最近の研究によっおさらに明らかにされた抂念の暗いひかりにすぎない。

    論理孊の倚くの原則が哲孊に応甚されるが、ここでは䞀぀だけを挙げる。䞉぀の抂念は、あらゆる論理の理論のすべおの点で繰り返し珟れ、最も円熟した䜓系でさえ、それらは盞互に関連し合っお登堎する。それらは非垞に広範で、それゆえに挠然ずしおおり、捉えるのが難しく、容易に芋過ごされるこずがある。私はこれらを「第䞀」「第二」「第䞉」の抂念ず呌ぶ。第䞀は、䜕かが他のものから独立しお存圚する、あるいは存圚しおいるずいう抂念である。第二は、䜕かが他のものず関連しお存圚する、あるいは反応するずいう抂念である。第䞉は、第䞀ず第二を関係付ける媒介の抂念である。

    これらの抂念がどのように私たちが考えおきたものに関わるのかを瀺すために、これらの抂念がどのようにしおそれらに関わっおいるのかを瀺す。物事の起源は、䜕かに向かっお導くものではなく、物事それ自䜓ずしお考えるず、第䞀の抂念が含たれおいる。物事の終わりは第二の抂念が含たれおいる。物事の過皋は、第䞀ず第二を媒介する第䞉の抂念を含んでいる。䞀぀のもののアむデアを匷調する哲孊は、通垞二元論的な哲孊であり、その堎合、第二の抂念に過床の泚目が䞎えられる。なぜなら、この䞀぀のものもちろん第䞀の抂念を含んでいるが垞に䞀぀ではない倚様性の他者であるからである。倚くのものの抂念は、恣意性の抂念を持っおおり、恣意性は第二の抂念を吊定するものである。心理孊では、感情が第䞀であり、反応の感芚が第二であり、䞀般的な抂念が第䞉、たたは媒介である。生物孊では、恣意的な遊びが第䞀であり、遺䌝が第二であり、偶然的な特城が固定される過皋が第䞉である。偶然が第䞀であり、法則が第二であり、習慣が第䞉である。心は第䞀であり、物質は第二であり、進化は第䞉である。

    これらが、特に19䞖玀が私たちに䞎えた知識の状態を衚すために䞻に哲孊的理論が構築されるべき材料である。哲孊の建築孊の他の重芁な問題に立ち入るこずなく、これらの抂念から適切に構築されるべき圢而䞊孊がどのようなものであるかは容易に予枬できる。それは、最も叀いものや最も最近の考察の䞀郚のように、宇宙論的な哲孊であるだろう。それは、最初に—無限に遠い—感芚が具珟化された混沌があり、これは接続も芏則性も持たず、存圚しないずいえるようなものであった。この感芚は、玔粋な恣意性であちこちを遊ぶこずで、䞀般化の傟向の芜を生み出した。この他の遊びは儚いものであったが、この傟向は成長する力を持っおいた。したがっお、習慣の傟向が始たり、進化の他の原則ずずもに、宇宙のすべおの芏則性が展開された。いかなる時でも、玔粋な偶然の芁玠は生き残り、䞖界が完党に合理的で察称的なシステムずなり、最終的には心が無限に遠い未来においお結晶化されるたで、残り続けるだろう。

    このアむデアは、私によっお詳现に論じられおいる。それは、私たちが知る宇宙の䞻芁な特城、時間、空間、物質、力、重力、電気などの特城を説明する。それは新しい芳察によっおのみテストされるべき倚くの他のこずを予枬しおいる。未来の孊生がこの道を再び歩み、結果を䞖界に瀺すこずができるこずを願う。

    チャヌルズ・S・パヌス

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    歎史を怜蚌しながら、珟代日本のあるべき方向性に぀いお議論しおいきたいず思いたす。 確かな蚌拠の存圚や優れた掚論はその仮説が真実であるこずを必ずしも玄束しない。 最も自身が軜蔑し、嫌悪し、敵察しおいる盞手を擁護する衚珟力はそれでも必芁である。

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