メインコンテンツへスキップ
見出し画像

氷河期世代AD、テレビの片隅で。#8「左目殴り社長、目的は笑いではなくADへの暴力」

    いろいろあって、
    僕がいた制作会社は縮小することになった。

    詳しく書くと長くなるし、
    たぶん今でも誰かに怒られるので、
    ここではやめておく。

    その後、
    僕はあるディレクターが新しく作った会社へ行き、
    さらに別の制作会社へ出向することになった。

    ここでは制作会社Aとしておく。

    そしてここから、
    僕のAD生活は、
    さらに妙な方向へ進んでいった。

    制作会社Aの社長、
    田中はとにかく怖かった。

    殴る蹴るは日常。

    ADが仕事をしていると、
    突然どこからかBB弾が飛んでくる。

    田中がエアガンで撃っているのである。

    たぶん、
    面白いと思ってやっていた。

    でも撃たれている側は、
    全然面白くなかった。

    田中は、
    結婚していることを隠して、
    グラビアアイドルと付き合っていた。

    そして当然のように、
    自分の番組にも出演させていた。

    今なら完全にアウトだと思う。

    でも当時のテレビ業界には、
    そういう雑さと勢いがまだ残っていた。

    本人は、
    かなりイケてることをしている顔だった。

    あと、
    会社にはなぜか日本最大の893の
    家訓みたいなものが飾ってあった。

    どこから手に入れたのかも謎だったし、
    それを会社に飾ろうと思ったセンスも謎だった。

    でも当時のテレビ業界には、
    「怖い=面白い」
    みたいな空気がたしかにあった。

    今思うと、
    かなり意味不明である。

    そんな会社で働いていた頃、
    第一話で書いた、
    駐車場で左目を殴られた事件が起きた。

    やはり田中は、
    僕の左目に何か特別な感情を持っていたのかもしれない。

    でも左目以外は、
    特に問題なく機能していた。

    たぶん。


    ある日、
    浅草の鉄板焼き屋さんでロケがあった。

    クイズに正解したら、
    高級肉が食べられるみたいな企画だったと思う。

    テレビでは、
    「初めて見る」
    「初めて食べる」
    その瞬間のリアクションが大事だった。

    だから肉は、
    出演者に見せないよう慎重に焼いていた。

    僕は鉄板の前で、
    シェフと一緒に肉を焼いていた。

    その時、
    田中から電話が来た。

    「今から上,行くで」

    僕は言った。

    「あと5分待ってください。まだ準備中なんで」

    すると田中は言った。

    「もう待たれへん」

    嫌な予感がした。

    すぐに、
    田中は出演者を連れて、
    鉄板の前へやって来た。

    肉は、
    最高の状態で焼けていた。

    つまり、
    めちゃくちゃ美味そうだった。

    当然、
    出演者は焼いている肉を見てしまった。

    大物芸人が、
    ものすごい顔で怒った。

    「なんで今見せんねん!」

    そりゃそうである。

    第一リアクションが消えた。

    テレビ的にはかなり大事な問題だった。

    すると次の瞬間、
    田中は僕を殴り始めた。

    また左目だった。

    どうやら本当に、
    左目に恨みがあるらしい。

    でも僕は、
    ちゃんと伝えていたのである。

    「あと5分待ってください」と。

    なのに来たのは、
    田中である。

    もしかしたら田中は、
    番組を面白くしたかったのではなく、
    ADを殴る理由を探していたのかもしれない。

    僕は殴られながら思った。
    「親父にもぶたれた事ないのに」。。。

    そういえば、
    田中にも息子がいたはずだ。

    自分の息子が、
    誰かに毎日殴られていたら、
    どう思うのだろう。

    そんなことを、
    時々考えた。

    でもたぶん、
    考えても仕方がなかった。

    どうせまた殴られるので。

    たぶん若かった僕は、
    テレビ業界と暴力の境界線が、
    もうよく分からなくなっていたのだと思う。

    そして田中は、
    ADだけじゃなく、
    若手芸人にもよく手を出していた。

    当時は、
    みんな笑いながら耐えていた。

    いや、
    笑うしかなかったのかもしれない。

    それから何年も経って、
    テレビ業界の暴力体質が
    少しずつ問題になる時代が来た。

    ニュースやSNSで、
    「あの人もだった」
    みたいな話が出るたび、
    僕はなんとも言えない気持ちになった。

    そしてある日、
    田中の事も表沙汰になった。

    すると、
    それまで威勢の良かった田中のSNSは、
    突然消えた。

    そのまま沈黙した。

    逃げ足だけは、
    昔から早かった。

    #氷河期世代 #実話
    #創作大賞2026 #お仕事小説部門


    👉 続きはこちら

    #9  「LAロケ、ホントはADになりたかったメジャーリーガー」

    野球少年だった僕にとって、メジャーリーガーは憧れの存在。
    でもその本人は、「ADをやってみたい」と本気で言いました。
    隣の芝生は、どこまでも青いものです。


    📚 シリーズを最初から読む方はこちら

    『氷河期世代AD、テレビの片隅で。全話まとめ』

    ▼第1話〜最新話まで一覧はこちら


     
     
    バラエティー番組のディレクター。東北出身の氷河期世代。「元気が出るテレビ」に憧れバイトADからテレビ業界へ。佐久間さんでもマッコイさんでもない普通の僕。AD時代の過酷な経験、震災、家族の事、ほぼほぼ実話の話を書きました。今もテレビの現場で働いています。登場人物や設定は一部変更。

    あなたへのおすすめ