
雑記|鮭よ,さらば。
◆今朝の新聞で知った。
秋鮭が,不漁であるという。
最近は不漁も珍しくないが,今年は特にひどく,北海道が公表した秋鮭の漁獲数は,9月末の速報値で前年同期比34.1%減,比較可能な1989年以降で,最も少なかったという。
◆鮭には,生まれ育った川へと帰る習性がある。
矢野勲『日本の海から魚が消える』(中公新書)によると,気候変動で日本沿岸の海面水温が上昇して,冷たい海に適応した鮭が近づけないのだという。
生まれ育った川に戻れなくなった魚は,諦めてよその川を遡ることにするのか,日本の不漁をよそに,ロシア東方のアムール川やサハリンでは,以前にも増して大漁になる傾向があるという。
◆この報に接して,気候変動も,ついにこの域に達したか,と思う。
親鮭が戻らなければ,卵は生まれず,稚魚も育たない。実際,イクラも採れなくなっており,現在,1粒あたり4円から5円という値をつけるところもあるほどの高値になっているという。
こんなことが何年か続けば,日本中の川から,鮭が根絶やしになるだろう。
もしも奇跡的に海水温が元に戻ったとしても,一度川から根絶やしになった鮭は,もう戻ってこないだのではないか。
気候変動の影響は,年を追ってどんどん大きなものになってきているが,事が大きすぎて,人間側の対応が追いつかない。
ガソリン車やディーゼル車を含む化石燃料の利用を大幅に制限し,我々が現在享受している便利な生活の大部分を諦めさえすれば,気候変動はスピードダウンさせられる。
だが,それは実現不可能だ。
誰もが現在享受しているものを手放すことを望まず,仮にそうすることを提案されても,ほとんどの人が,激しく拒絶するであろうことが予想されるからだ。
誰もが,誰かがそのうち誰かが何とかしてくれるのではないか,と思っている。そんな都合のいい「誰か」は,どこにもいないのに。
僕は以前,気候変動を本気で元に戻すことを目指す秘密結社が,一種の独裁組織となって世界を牛耳っている近未来のディストピアを舞台とするショートショートを書いた。
そういう社会の方が,まだしも誰も何もしない社会よりもマシだ,と思い,そう思う自分は,現在享受している便利な生活を捨てる覚悟のない多くの人よりはマシなのではないかと,こっそり思っていた。
だが,考えてみれば,僕もまた「誰かが何とかしてくれれば」という滑稽な「他力本願」勢の1人に過ぎなかったのだ,ということに,たった今,気がついた。
たとえ世界中の人が,「独裁的な秘密組織が何とかしてくれればいいなあ」などと思ったとしても,世の中は1ミリも動かないのだから。
もうすぐ,国産の鮭とイクラが,姿を消すかもしれない。鮭の次に続くのは,何だろう。
いったいどこまで行けば,我々は目が醒めるのか。
ずっと目が醒めないままなのか。
コールドスリープ中の乗客を満載したまま,自動航法でブラックホールの巣につっこんでいく,巨大な宇宙移民船のように。
「宇宙船地球号」とは,よく言ったものだ。
◆今日,通りすがりの喫茶店の看板で,「秋鮭とイクラのスパゲティ」という季節商品を見かけた。
何と運の悪い店だろうか。原料の高騰で,この目玉商品の利益率は,著しく下がったことだろう。
ちょっと笑ってしまいそうになったが,これから気候変動の進行で,どんどん手に入らないものが増え,できなくなることが増え,少しずつじりじりと狭いところへ押し込められていく,「気候変動時代」の人類の一員として,自分は店主の不運を笑える立場にはまったくないことを思うと,その笑いも途中でしぼんでしまった。