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Photo byitsumimatsuda

ペルソナとシャドウ

「あれが欲しい」と言ったら「欲張りだ」と言われた。
だから欲しいものがあっても言わなくなった。
「行きたくない」と言ったら「わがままだ」と言われた。
自分が嫌でもYESと言うようになった。

こうやって周囲に受け入れられる仮面「ペルソナ」というのもができていきます。

ユングの「ペルソナ」わたし的解釈

・この「ペルソナ」、みんなにあるんだけど、ペルソナが作られると同時に、「シャドウ」というものも作られます。シャドウ、というのはここで周囲に受け入れられるために自分自身で「ダメなもの」として押さえつけた本音の方ね。

・上の例で言うと、欲しいものを欲しいと言うこと。嫌なことにNOを言うこと。これが自分のシャドウになる。欲求だけじゃなく、感情、性質、なんでもそう。表向きの「自分はこういう人間」という自己像を守るために邪魔になるもの、排除したいものが全てシャドウです。

・昨日このことについて考えてて、ここのシャドウが大きければ大きほど、人は「生きにくい」と感じるのは当然。「生きにくい」なんて思ったことないわたしってほぼこのシャドウが小さいんじゃないの?と思った。

・わたしは周りに受け入れられるために排除する自分の性質、感情、欲求がほぼない。自分でそれらは全てあっていいものとしてる。そもそも感情や欲求、性質に良いも悪いもないと思ってるから、というのもかなりあると思う。

・一般的に人って、このペルソナ=自分、って思ってるけど、このシャドウの部分もちゃんと自分なのです。だけど、シャドウの部分はそんな自分は嫌だから「排除し切った」と思ってる人もいるし、無自覚で存在すらしないと思ってる人もいる。

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