メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo byiwashi03

【た】短歌のススメ。感情の瞬間冷凍


    ひさしぶりに会うたびきみは生きていて
    新鮮さに泣きそうになる

    伊藤紺


    はじめて短歌を書いたのは中学1年生の国語の授業。

    私たちの中学校の横にある折立公園は桜の名所で、春になったら満開の花がこれでもかと咲きほこる。みんなで授業中の妙な静けさの中で特別感、背徳感を感じながら外に出ていった。満開の桜の下でうたを作った。

    「ありきたりなものは没にする」という先生。「満開な桜の下で笑顔咲く」などという何もうたっていない短歌が全て没にされて「ありきたりってなに?!」と思いながら、最後の時間ギリギリで、半ばヤケクソで、中総体前に坊主たちが授業中に寝ている春眠暁を覚えずをうたにしてみた。

    そしたら「あ、これは悪くない」とオーケーサインを出した先生。そこでチャイムが鳴った。


    次に短歌をよんだのは、25歳になりたての12月。

    ある月曜日の朝、激務と心労によって、いきなり起き上がれなくなった。どうすることもできなくて、直属の上司に「動けなくなりました」と一本メールをした。仕事を休みはじめて数週間が経ち、無機質でカラフルなGmailから上司に「辞めます」と伝えた。

    同じ日の夜、当時付き合っていた人から合鍵を返してもらう約束があった。家の近くの路上、車はほとんど通らない、低い街灯のあかりがあたたかい。今しかないと思った。自分にもチクチクと刺さりながら、別れを告げた。

    その翌日の昼頃、母から家族のグループLINEにメッセージが来た。「おじいちゃんが今日の12時頃に亡くなりました」と。一瞬思考が止まった。その後で「人って本当に死ぬんだな」と、祖母の葬儀で見かけた祖父の姿を思い出す。腰を90度近く曲げて、全体重を杖に乗せるような歩き方をしていた。

    立て続けに、自分のアイデンティティーであったものを「一気に失った」ような気持ちになった。その喪失感が何をしても埋まる気がしなくて、ノートをひらいた。しかし、その感情は「空」で、これを言葉に変えていったら輪郭がずれて乖離が深まってしまう気がした。

    それで、ポロッとうたを書き始めた。

    最初は語数なんて関係なく書き殴った。

    直接言葉にすることができないけれど、言葉から余分な水分を抜いて5文字と7文字にまとめあげると、不思議といまの自分にぴったりくる31文字が浮かび上がる。それは命の気配を感じさせないほど健康に干からびていて、私の感情を決して逆撫でしなかった。


    短歌を書こうとすると、いつも恋の歌になる。

    「あ、わたしはこの瞬間をずっと覚えているだろうな」と思うとき、それから「今のこの瞬間をずっと覚えておこう」という全てが満ち足りた瞬間。

    そういうときに短歌をよむ。iPhoneのメモに、そのとき浮かび上がった言葉を乱雑に書き並べてく。


    *・゜゚・*:.。..。.:*・':.。. .。.:*・゜゚・*



    奔放に 糸はる君の生き方に
    勝手にがんじがらめになる夏

    しばらくは忘れられそうにない、秋のはじめに、きれいな茶色い目で「好きとかは分からないけど、ただずっと一緒にいたい」と言ってきた猫みたいに無邪気な声。


    でもきみが 女の子だというだけで
    恋へはみ出す指をそめない

    君と一緒にいると静かで深い海の中にいるみたいだ。私たちには「恋愛」という選択肢がなくてよかった、と時々ほっとする。大切で、奇跡みたいなこの出会いに名前を付けずにすむ。


    不正解 おそれたぼくは 無回答
    きみが欲しいと言えばよかった

    福岡空港まできみが送ってくれる、なんとなくこれが最後になるってことが分かって、帰り道でこのうたを読む。と言いながら、同時によんだ「いつかまた 続くぼくらが迷わぬように 今日のこの日に 栞をはさむね」の期待感なんとも言えない。


    長いこと 母から借りてる 聖書出し
    最初に見つける 「愛」の一文字

    聖書の勉強もしてみたいと、実家から借りてきた水色の、とんでもなく水色の聖書。なんとなく開いたページで一番最初に目に飛び込んできたのが「愛」という一文字で、最近帰っていなかった実家のことを想う。何かの啓示みたいに思えてならない。


    *・゜゚・*:.。..。.:*・':.。. .。.:*・゜゚・*

    短歌はエモ文化じゃない、短歌は生きるための武器だ。

    好きな人に振られそうな日も「うたにしたらいいや」といつだってあなたに会いに行ける。歌人にとっては、全ての感情が材料集めになる。


    わたしの一番好きな詩集を読んでくれた先輩が「詩って『そのまま感じさせるもの』だね。」と言った。「食べたものの味を描写するんじゃなくて、食べる体験をさせる、みたいな。」

    そのときは咄嗟に反応ができなかったけど、今は「本当にそうだ」と思う。

    短歌は、感情の瞬間冷凍だ。その瞬間の感情や感覚を瞬間冷凍して、またいつでもそれをぺろっと舐めたらその時に戻ることができる。


     
     
    弁護士らしからぬエモい文章を書きます¦@東京 「あいうえおエッセイ」「法律エッセイ」連載中🍊🧡

    あなたへのおすすめ