
読書は役に立つ
「読書はただの娯楽で、社会で役に立つ知識は得られない。」
こんなことを言う人がいるし、僕はこの意見に同意してきた。
ロシア文学や哲学や精神分析学や、いわゆる人文学と呼ばれる本を読んだところで、なんの役にも立たないと思っていた。
それでも僕は読んできた。
でも最近、考えが変わった。
本に助けられてきた、と。
読書で得た語彙とか哲学とか役に立ってきたなぁ、と。
よく考えてみると、今まで窮地で俺を助けてくれた知恵はたいてい本で読んで学んだものだった。
瞬発的で即興の論理的な反論能力とか、洞察力とか、自己正当化の力とか、戦場のような社会で生き抜いていくために必要なあらゆる力を本は与えたくれた。
俺は地方公務員なんだけど、これがまたクソな世界で、「今ここで速攻でロジカルに反論して、それをボイスレコーダーで録音しておかないと後でこちらが不利になるような唐突な戦闘」というものがある。
クソ上司から急に呼び出されて、
「ここで俺が言質を取っておかないと、後で『彼には十分なヒヤリングはしました。彼も納得してました。』とか嘘の報告書を作られたらヤバい。」
みたいな状況はあるから。
そういうピンチの時に本から得た知恵は役に立つ。
俺は有用性で本を語るのは嫌いだ。
役に立つから本を読むわけじゃない。
読書は主に自己探求や自分の視野を広げるのためにある。
だか、読書は決して役に立たないわけではないということを、ここでは書いておきたかった。
人文学、人文知というのは強い。
フランス現代思想は特に良い。