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左翼しか観に行かない「急に具合が悪くなる」をネトウヨの俺が観に行く

    映画「急に具合が悪くなる」について事前に知っていたのは、

    「左翼リベラルのインテリ気取りしか観に行かないスカした映画」

    ということだけでした。Xか何かで見たんだけど。


    あと「ケア」が主題だというのもチラッと見た。

    まあ、左翼は「ケア」「ケア」言うじゃないですか。上野千鶴子の博士論文のテーマも「ケア」だよね。「ケアの社会学」。


    左翼は「ケア」とか言うけど、好きなのは「ケア」じゃなくて「テロ」だろう。

    明日7月8日は、安倍晋三元首相の命日です。あれから4年ですか。


    あれ以来、俺は左翼リベラルは「人殺し側」、ネトウヨの我々側が「平和主義の正義派」だと思っています。

    朝日とか毎日とかTBSとか神奈川新聞とか見るたびに、「人殺し!」と思います。

    何が「ケア」か、と。


    ああ、あと「急に具合が悪くなる」については、長〜い映画だとも知ってました。

    3時間16分。


    俺は頻尿なので、少なくとも90分ごとにトイレに行かねばならない。

    この映画の場合は、2回はトイレ退出だな、と思いました。

    きっと「急に小便がしたくなる」。


    だから、新百合ヶ丘のイオンシネマでチケットを買うとき、通路側を取ろうと思ったんだけど、みんな考えることは同じで、通路側だけほぼ埋まっていた。

    すごく前のほうの通路側だけ空いていて、そこを取ったのだけど。


    久しぶりにイオンシネマに行くと、もう人がチケットを売っていない。

    老人には操作がわかりにくいタッチパネルのやつしかない。


    「人間はチケットを売ってないんですか。人間から買いたいんですけど」

    と映画館の若い人に聞いたんだけど、

    「はあ?」

    みたいな態度でバカにされた。


    何が「ケア」か、と。

    でも、こういう時に怒ると、客側がカスハラとか言って責められるご時世だからね。

    ちょっと涙が出ましたけど耐えました。

    でも、チケットのもぎりの女性は愛想がよく、老人も人間あつかいしてくれたので、機嫌が直りました。


    あと、ポップコーンも機械で買わねばならず・・まあ、そのへんはもういいか。


    上映スクリーンに行くと、案の定、来ている客は真面目そうな初老の男女ばかりで、まあかつては日教組の教師だったんだろう、みたいな感じ。

    左翼リベラルがいいのは、一般に高学歴で民度は高いことですね。場内は静かで、みんな行儀よく映画の始まりを待っています。ぺちゃくちゃ喋ったり、スマホをいじったりしてるのはいない。



    場内が暗くなる時点で見ると、平日で、こんな映画に、客はけっこう入っていて、4割くらいか。

    「新聞記者」の時みたいに、左翼筋の動員がかかってるのかもしれないな。神奈川新聞の左翼記者も「急に具合が悪くなる、見ました」みたいな「報告」をSNSにあげていたし。


    映画が始まると、いきなり毛唐がフランス語を喋り出したのでびっくりした。

    フランス人ばかりが出てくるんですよ、これは意表をつかれた。

    それは俺の事前情報になかったですね。


    日本映画を見にきたつもりだったのに、左翼映画であるばかりか、フランス映画をこれから3時間以上見せられるのか、俺。

    まあ、左翼はフランスが好きだよなあ。左翼の本場だからなあ。

    それにしても・・とこの時点で、もう気絶しそうになっている。


    何やらフランス人どもの介護施設の話らしい。

    ああ、それで「ケア」か、とわかる。

    介護とか障害者とか「弱者」を出しときゃ、文句言えないだろうという、左翼の作戦を感じる。


    久しぶりに大きなスクリーンで映画を見るけど、写っている映像は、知らないフランス人たちが動いているだけ。あとは薄汚い今のパリの光景で、大スクリーンで見る必要があるのか、と思いました。


    そのうち、やっと日本人が出てきたと思ったら、まず自閉症の男の子で、次にフランス語を話す高齢の男の役者、若い女の演出家、とスカしたやつばかりが登場する。

    でも、このフランス語を話す日本人の男の役者は、なかなか味があるな、と思った。誰か知らないけど。

    というか、日本人男の俺が感情移入できるのは、この映画でこの人だけだからね、事実上。


    そのあと、フランス人フェミ女が、日本人フェミ女の芝居を見に行って。


    そこから、介護施設の管理職のフランス人フェミ女と、日本人演出家のフェミ女との会話が始まる。


    介護施設のフランス女は、早稲田の大学院に留学して文化人類学を学んだから、日本語が喋れる。

    日本人女は、ソルボンヌ大学院で哲学かなんかを学んだから、フランス語を喋れる。

    会話は、日本語とフランス語がちゃんぽんで進行する。こういうとこが、左翼インテリにはたまらないんだろうな。


    早稲田とソルボンヌは、同レベルで、有名だけどレベルは大したことない、と川本直氏が言ってたけど。

    とにかくこの二人の日仏高学歴女が、そこから左翼の講釈を始めるわけ。

    いよいよ来たか、と。


    いまの少子高齢化は、資本主義のせいだ、みたいな話。

    俺より高学歴、その上高身長の日仏の左翼フェミ女が、スクリーン上から俺に説教ですよ。

    こっちは客だぞ。何エラソーに言ってんだ、とスクリーンにポップコーンを投げつけたかったけど、やめた。完全にアウェイだからね。


    少子化したのは、お前らみたいなのが大学院とか行ってたせいだ、とツッコミたかったけどね。


    そのあたりで、1回目の気絶。

    で、5分ほどして目が覚めたけど、まだ二人が説教してる。

    延々と説教してる。

    それで、2回目の気絶。


    で、次に目が覚めたら、なんとフェミ二人が、介護施設で認知症のおばあちゃんの裸の下半身を拭き拭きしている。

    それでまた気絶。


    次に目を開けたときは、地獄絵図が終わっていてくれと願ったけど、今度はホワイトボードを使って、日本人フェミの左翼講釈が始まっていた。

    この地獄は底なしだな。

    日本人フェミは、「今ここ」とか「外部」とか、1970年代に聞いたような恥ずかしい左翼用語を使っている。

    というか、こっちが恥ずかしくなった。


    資本主義は、「外部」を収奪して人間性や自然性を搾取・枯渇させる、みたいな話ね。

    周りを見ると、初老の元日教組(推定)たちが、気持ちよさそうに聞いているのがわかる。


    それでわかったんだけど、この映画は、一種のファンタジー映画なんだな。左翼リベラルにとっての。

    今どき、オモテでは、朝日新聞においてさえこんな左翼講釈は聞けないけど、映画館の暗闇の中でなら味わえる。

    そして、先進的左翼リベラルとしての自尊心と、「外部」に対する罪悪感と、つまりかつて20世紀左翼が持ったようなエリート前衛意識に再びひたれる。


    誰だか知らないけど、この映画の監督には、なぜお前のいう「外部」がお前の映画を観に来ないか、考えてほしいね。

    資本主義の腐った中心部にいる左翼リベラルしか観に来ないのはどうしてか、と。

    まあ、今日は唯一の「外部」の俺が観に来ているが。


    このあたりでもう1時間くらいかな。

    あとははしょるけど、二人のフェミの、くんずほぐれつの足ツボの押し合い、なんて地獄絵図も見られます。何を言ってるかわからないと思うけど。


    まあ、後半になると、この映画の仕掛けがわかってくる。

    この女フェミ演出家は、ステージ4のがんで、まもなく死ぬんですね。


    この映画は、この女が死ぬとこで盛り上げて、それで終わるんだろう、と。

    その話を、あと2時間くらい観せられるんだろう、と。俺もバカではないからわかるわけ。


    映画の中では、やたらマッサージのシーンが出てくる。フェミ同士とか、介護施設の病人同士とか。

    こっちは、背伸びもできず、3時間以上硬い座席にしばられて、エコノミー症候群寸前だというのに。


    早く死ね、早く死ね。

    フェミに共感とか1ミリもないから、そう願い続けたね。

    この女が死にさえすれば、映画が終わる。それで解放されて、俺は心置きなく小便ができる。


    フェミ女が死にかけると、京都の実家に里帰りするんだけど、その京都の田園シーンだけが、大スクリーンで見て、美しくてよかったね。

    映画館で見てよかったと思ったのは、そこだけかな。


    あと、映画の中で唯一、人間的興味を引くのは、管理職のフランス人フェミ女と、介護施設の古株らしい現業女との「対立」ですね。

    そこに、まあ、資本主義における中心と周縁の対立を描いてる、とか言うんだろう、どうせインテリ監督が。


    大きく言えば、その両者の「和解」をはかるのが、この映画のテーマなんだろうな、とわかる。

    まあ、都会の意識の高い左翼インテリと、自民党を支持するような地方の無知な保守大衆とを、どう結合させるか、という問題ね。


    この映画のいちばん醜い場面は、その両者を、死にそうな日本人フェミ女が、無理やり和解させようとするとこですね。

    でも、さすがにそれは無理筋だと思ったのか、監督は、別の曖昧な「解決」を最後に提示します。

    全然納得できないけどね、俺は。


    で、まあ映画は終わるんだけど。

    エンドクレジットが流れ始めて、ああ、やっと終わった、と席を立とうとすると、周りがまったく動かないので、それに気圧されてまた座り込んでしまった。


    周りの元日教組(推定)は、行儀よく黙って、エンドクレジットが終わるまで観ている。

    そして、場内の明かりがつくと、行儀よく座ったまま、「私たちは何を見せられたのか」という顔をした観客たちが見えた。

    映画が始まった時に見たよりも増えていて、5割強は埋まっていた感じだ。

    まあ、イオンシネマ新百合ヶ丘では、1日1回の上映だからね。


    で、会場を出るときに気づいたんだけど、俺は予告とかふくめたら3時間半以上、尿意を感じずに座ってたね。

    どうせだからと、特大サイズのコーラをがぶ飲みしてたんだけど。


    この映画、思想は大嫌いだけど、映画としてはそんなに悪くなかったかもしれない。



    <参考>


     
     
    会社を定年退職し、神奈川県は柿生の里に隠棲する。新聞社、出版社に勤め、記者や編集者をやっていた。独身、孤独を愛する。老人であることを自覚し、記憶力もあやしくなりつつあるので、ここに書き残したいことを書き残しておく。世間から引退したので、社交は望みません。

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