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虚言八百万八伝②~江戸の小咄を黄表紙で表現

     江戸時代に流行した笑い話、小咄こばなしというものを、万八まんぱちという人物を主人公として並べた黄表紙きびょうし。
     「虚言うそ八百はっぴゃく万八伝まんぱちでん」は、四方屋よもや本太郎ほんたろう作、北尾重政しげまさ画(?)、安永九年1780年、蔦屋つたや重三郎じゅうざぶろう版。
     三巻三冊の現代語訳を三回に分けて紹介する二回目。

     


    中巻
    七

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     万八まんぱち、狐きつねをとる方法に曰いわく、
    狐きつねのたくさん住む野原へ行き、どっかりと座すわり、狐に化ばかされたつもりで、わけのわからぬことを言いながら、馬の糞ふんを出して、
    「うまいうまい、うまい小豆あずき餅もちだ」
    と食うと、狐がそれを見つけて、
    「なんとうまそうな餅もちだろう」
    と、そばへ寄よって来るところを、
    「どっこい、捕つかまえた」
     ただし、餅もちを食うときは、眉毛まゆげに唾つばをつけて、それが飛び散ちらぬようにするべし。

     


    八

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     鳩はとをとるには、
    糸の先に豆を一粒ひとつぶしっかりとむすび、その豆に強力な下剤げざい効果こうかのある巴豆はとうというものを塗ぬっておくと、鳩がその豆を食うと、すぐに下痢げりをし、糞ふんとともに出す。すると、その豆を、またほかの鳩が食べて糞ふんにすると、だんだんにほかの鳩が食っては出し、食っては出し、だんだん数珠じゅずつなぎにして、とります。
     鳩の数は、糸の長さしだい。
     ただし、十匹目には巴豆はとうを塗ぬりなおすこと。

     


    九

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     これも万八まんぱちの話に、
    箱根山はこねやまの峠とうげに住んでいたとき、
    氷がたくさんはった寒い朝、茶碗ちゃわんに熱い抹茶まっちゃを入れて茶筅ちゃせんでまぜると、茶が冷さめるにしたがって凍こおってきます。茶筅ちゃせんが動きにくくなったら、それを引きあげ、しばらくおくと、そこでできたのが、穴がたくさんある、かかとをこする軽石かるいしさ。

     


    十

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     奥州おうしゅう、東北地方の湯の原ゆのはらなどというあたりも、ことのほか寒いところなので、
    万八まんぱちが住んでいる家のとなりの家のおふくろに、毎朝、
    「ばば様、お茶ができた、できた」
    と言うけれども、聞こえないのか、寒いのか、いっこう飲みに来ないのは、その呼ぶ声が壁かべに凍こおりついたとみえて、春になり、暖あたたかくなると、となりの壁かべから、
    「ばば様、お茶ができた、できたできたできたできたできた」

     


    十一

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     万八まんぱち、蟒蛇うわばみ、つまり大蛇だいじゃをとる方法は、
    木を井桁いげたの形に積つみあげ、すみずみをひとつひとつしっかりと結むすび、その中に入っていると、蟒蛇うわばみが人のにおいにひかれてやって来て、木にまきついたときに、木の間から大のこぎりで、ずいこうずいこう。

     


    十二

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     高さ一尺いっしゃく、約30㎝、直径三寸さんずん、約9㎝ぐらいのものを渋紙しぶがみでつくり、鳥もちを塗ぬって雪の中にさしこんで、その中に魚の内臓ないぞうを入れておくと、
    食い物に飢うえた烏からすがやって来て、
    首をつっこむと、頭へ鳥もちがべったりくっついて、目が見えなくなり、うろたえて飛び跳はねるところを、万八まんぱち、すかさず、とったひゃろひゃろ。
     
     烏からすも食肉として利用していたのだろう。

     江戸の食べ物についてはこちらも、

     


    まだまだ笑い話は次回につづく、

     


     作者四方屋よもや本太郎ほんたろうは、どんな人物かわからないが、四方よもとあるところから四方赤良よものあからこと太田南畝おおたなんぽではないかと考えられる。また、南畝なんぽの狂歌グループを四方連よもれんといい、そこにいろいろな人物が集まっていたので、その中の一人が作者であるやもしれない。
     
    太田南畝おおたなんぽと狂歌については、こちらも参考に、

     

     
     
    神戸からの風。 歓怒の文字は「歓喜」「怒り」「喜怒哀楽」を示し、「かんど」は漢字では「神戸」とも書ける。「感動」とも書ける。 毎週、日曜日、木曜日更新。

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