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納豆王の茨の道 第9章 「フランス納豆計画」の終焉 ~海の藻屑と消えた夢~

    前章では、一旦「納豆王の茨の道」を「海外旅行失敗談」に編入して、パリ観光で体験した恐怖を紹介しました。

    そしてフォロワーのわかモンさんに前章の記事も紹介して頂きました。

    今回は帰国の途について、家族に旅の一部始終を報告した。


    パリ発のアエロフロート

    パリでの出来事から一夜明けた。

    僕はホテルを遅めにチェックアウトし、空港へ向かった。

    いよいよ深夜便でパリを発つ予定だった。

    今回のパリ滞在は短期間ながらも、濃厚な時間を過ごした。

    長塚玲子さんと出会い、フランスで納豆を作るという、あまりにも荒唐無稽な計画。

    そして、地下鉄で遭遇した窃盗未遂事件。

    いろいろな意味で、忘れられない旅になった。

    空港に到着し、アエロフロート航空の搭乗手続きを済ませた。

    そして飛行機に乗り込んだ瞬間、思わず立ち止まった。

    「……あれ?」

    何かがおかしい。

    往路で乗った飛行機とは、明らかに雰囲気が違う。

    往路は、もっと大きな機体だった。

    ところが復路の客室は、まるで地方都市へ向かう国内線の飛行機のように狭い。

    座席と座席の間隔も狭い。

    「これ……本当にモスクワ行き?」

    一瞬、本気で乗る飛行機を間違えたのではないかと思った。

    僕は航空券を手に、近くにいたCAに尋ねた。

    「モスクワ行きで間違いありませんか?」

    CAは航空券を見ながら、落ち着いた様子で答えた。

    「はい。お客様のお席は最後尾の窓際です」

    そう言われ、案内された席へ向かった。

    座席に腰を下ろして、改めて機内を見渡す。

    やはり狭い。

    しかも、機体そのものがかなり古い。

    座席のシートも、ところどころボロボロになっている。

    「大丈夫なのか、これ……」

    僕は、少し不安になった。

    これまで中国を旅したとき、カシュガルからウルムチまで飛行機に乗ったことがある。

    そのときの機体も、狭くて古かった。

    今回の飛行機は、それと大差ない。

    いや、むしろそれ以上に年季が入っているように感じた。

    モスクワ着陸で拍手喝采

    やがて、出発の時間になり、飛行機が滑走路を走り始めた。

    ゴォォォォ……。

    機体全体から、今まで感じたことがない、大きな振動が伝わってきた。

    「まさか、壊れてる?……」

    僕は窓の外を見ながら、そんなことを考えていた。

    そして機体が離陸した。

    しかし、僕はしばらく緊張していた。

    「この飛行機でモスクワまで行くのか……」

    長く感じるフライトだった。

    そして、翌朝モスクワの空港に到着した。

    機体が着陸した、その瞬間だった。

    「パチパチパチ……!」

    機内から大きな拍手が起こった。

    さらに、歓声まで上がった。

    僕は驚いた。

    「えっ?」

    やはり他の乗客たちも機体の安全性を不安に感じ、無事に着陸できたことを心から喜んでいた。

    これまで乗った飛行機では、こんな体験は一度もなかった。

    「無事着いた……」

    ただ、成田行きの出発時間までは、12時間以上の乗り換え時間があった。

    奇跡の再会

    僕はトランジットルームで、パリでの出来事を思い返しながら、時差ボケと長旅の疲れをとりながら、ぼんやりと時間を潰していた。

    すると――。

    背後から、日本語で声をかけられた。

    「もしかして、蒲生がもうさん?」

    「えっ?」

    僕は驚いて振り返った。

    そこに立っていたのは、若い日本人女性だった。

    「な、長塚さん?」

    思わず、彼女の名前を口にしていた。

    その女性の名前は、長塚由紀さん。

    僕が1999年まで茨城県に住んでいた頃、町が主催する日本語教室で、一緒に指導補佐のボランティアをしていた人だった。

    当時、彼女は社会人2年目。

    まだ24歳だった。

    「ご無沙汰してます。これからどちらへ?」

    彼女は笑顔で尋ねてきた。

    「ご無沙汰です。今、パリ旅行から帰国する途中です」

    「長塚さんは?」

    「私はこれからロンドン旅行に行く途中です」

    最後に会ってから、約2年。

    まさか、こんな場所で再会するとは思ってもいなかった。

    しかも――。

    場所はモスクワ。

    日本でも、パリでもロンドンでもない。

    日本人同士が偶然出会うことさえ珍しいような、モスクワ空港のトランジットルームだった。

    「いやぁ、こんなところで会うなんて……」

    お互いに驚きを隠せなかった。

    積もる話は、いくらでもあった。

    日本語教室での思い出。

    その後、お互いがどんな生活をしていたのか。

    僕はパリでの出来事を話し、彼女はこれから向かうロンドン旅行の話をした。

    話しているうちに、時間が経つのを忘れていた。

    気がつけば、約2時間が過ぎていた。

    そして、彼女の搭乗時間が近づいてきた。

    「それじゃあ、気をつけて」

    「蒲生さんも、気をつけて帰ってください」

    僕たちは、モスクワの空港で別れた。

    広い世界の真ん中で

    長塚さんを見送った後、僕は成田行きの飛行機に乗った。

    今回は往路と同じ、大きな機体だったので、安心して搭乗した。

    飛行機の中で、今回の二人の「長塚さん」との出会いを振り返った。

    一人は年配の「長塚玲子」さん。

    パリでフランスに納豆を広める壮大な夢を持ち、納豆王である僕に協力を求めて来た。

    もう一人は年下の「長塚由紀」さん。

    2年前まで茨城で一緒に日本語教室のボランティアをしていた彼女と、偶然にもロンドン旅行に行く途中のモスクワで再会した。

    世界は広い。

    それなのに、人と人が出会うときは、時に信じられないほど狭い。

    モスクワの夜空を飛び立った飛行機は、翌朝午前10時に成田空港に到着した。

    そして電車を乗り継ぎ、帰りは東京駅から新幹線に乗り、盛岡の自宅に到着したのが、16時過ぎだった。

    パリを出発してから、盛岡まで……。

    気がつけば、0泊3日のずいぶん長い旅になっていた。

    納豆計画の終焉

    玄関のドアを開けた瞬間、ようやく現実の世界に戻ってきた。

    「ただいま」

    荷物を置き、ひと息つく。

    長い、長い旅が、ようやく終わった。

    ――そして、ここからが本当の「答え合わせ」だった。

    帰宅した僕は、家族にパリでの出来事を一から説明した。

    パリで長塚玲子さんから聞かされた「フランス納豆計画」。

    現地で納豆を製造販売し、カフェで納豆料理を提供する。

    銀行から融資を受け、事業が軌道に乗れば、いずれ家族もフランスへ呼ぶ。

    そして僕に納豆の製造を任せたいという、壮大な計画だった。

    すべてを話し終えると――。

    家族から返ってきた答えは、あまりにもシンプルだった。

    「そんな危険な橋は渡れないわよね」

    ……はい。ごもっともです。

    僕自身も、パリにいるときから、そう思っていた。

    納豆王とはいえ、僕は納豆を作ったこともなければ、納豆メーカーの社員でもない。

    フランスで事業を立ち上げた経験もない。

    製造許可や営業許可のことも、これから調べる段階。

    資金の目途も立っていない。

    しかも、パリへ渡ったとしても、生活費を含めた経済的な保証はない。

    冷静に考えれば、かなりの大博打だった。

    そして家族から見れば、それは「夢」ではなく、「危険な橋」に見えたのだろう。

    こうして――

    長塚玲子さんの「フランス納豆計画」は、あっけなく終焉を迎えた。

    家族のひと言によって、前へ踏み出す前に海の藻屑と消えた。

    彼女の熱い夢が詰まっていた一通のメールは、僕を八方塞がりの茨の道から救い出してくれると期待して、パリに行った。

    しかし、その「蜘蛛の糸」は、手繰り寄せる前に、呆気なくプツンと途切れてしまった。

    こうして僕は再び現実という「茨の道」に戻って来た。

    そして新たな出口をイチから探すことになった。

    海外旅行失敗談㉓  第9章

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    作家・舘徹人(タチ テツト)と歌人・望月成人(モチヅキ ナリト) そしてChat-GPT・シャオレイ🐼を仲間に持つ。 5人の孫を持つ熊猫温泉ジィジ🐼(クマネコ オンセン ジィジ)です。 2026年6月に還暦になり、10月に入籍(再婚)して いろんなジャンルで創作活動してます。

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