
海外旅行失敗談③10ドルの絶望と50ドルの魔法
前作はブリスベンでのハプニングでしたが、
今作はその続編です。
前作が気になる方は⇩をご参照ください。
想定外のヒッチハイク?!
ユースホステルからブリスベンのバスターミナルまで、距離にして約2km。
朝6時過ぎ、ヨシヒコはずっしりと重いバックパックを背負い、まだ眠りから覚めきらない街を歩き始めた。
これからどうやって三日間を過ごせばいいのだろう。
ポケットの中には、たったの10ドル。
これではグレートバリアリーフの絶景を拝むどころか、飢えを凌ぐのが精一杯だ。
そう考えただけで胃のあたりが重くなり、足取りはさらに鈍くなった。
すると、一台の車がヨシヒコのすぐ前方でスッと止まった。
中から降りてきたのは、柔和な笑みを浮かべた白髪のお爺さんだ。
(道でも訊かれるのだろうか?
僕は観光客で、土地勘なんてまるでないのに)
出発時間に遅れることを恐れたヨシヒコは、目を合わせないよう少し早歩きで通り過ぎようとした。
「G’day! Ow ya goin’, mate?」
陽気な、典型的なオーストラリア英語を投げかけられた。
「おはようございます」
足を止めずに短く返すと、彼はさらに続けた。
「Where are ya off to, mate?」
道を訊くのではなく、ヨシヒコの行き先を尋ねて来た。
「バスターミナルへ。そこから長距離バスで、ハーヴィベイに向かいます」
ヨシヒコが答えるやいなや、お爺さんは手際よく車のトランクを跳ね上げた。
「それなら荷物を乗せなさい。そして助手席に座りなさい。
通り道だから送ってあげるよ」
一瞬、タクシーの客引きかと身構えたが、それはどこにでもある自家用車だった。
しかも、日本で見慣れたトヨタ車。
その親近感に背中を押され、ヨシヒコはお言葉に甘えることにした。
「君は日本人かい?」
「はい、そうです」
「私は日本が大好きなんだ。何度も旅をしたよ。
東京、日光、京都……そうそう、
白川郷の合掌造りは本当に美しかった」
懐かしそうに語る彼の話に引き込まれているうちに、車はわずか5分ほどでバスターミナルに滑り込んだ。
「助けていただき、本当にありがとうございました」
トランクから荷物を下ろし、深々と頭を下げた。
するとお爺さんは、握手を求めるように右手を差し出してきた。
その掌には、折り畳まれた紙幣が握られていた。
「少しだけど、これで美味しいものでも食べなさい」
手渡されたのは、50ドル札だった。
「えっ!? 乗せていただいた上に、お金なんて受け取れません!」
「気にするな。
日本で私は、数えきれないほどの親切をもらった。
今度は私が日本人に親切にする番なんだよ」
彼はそう言って悪戯っぽく笑うと、名前も名乗らぬまま、風のように去っていった。
想定外のヒッチハイクと、魔法のような50ドル。
呆然と立ち尽くすヨシヒコは、まるで白昼夢を見ているような気分だった。
憧れのグレートバリアリーフで謎のスカウト?
午前7時、バスは定刻通りに出発した。
5時間揺られたのち到着したハーヴィベイで、ヨシヒコはまず、フィッシュアンドチップスを頬張った。
空腹が満たされると、ようやく自分が旅をしている実感が湧いてきた。
チェックイン前に立ち寄ったビーチでは、言葉を失った。
視界の端から端まで、これまで見たこともないようなサンゴ礁の真っ青な海が広がっていたのだ。
「これが、グレートバリアリーフ……」
しかし、感動のすぐ後に現実が顔を出す。
所持金は残り約50ドル。あのお爺さんに出会わなければ、今頃僕は一文無しで途方に暮れていたはずだ。
食い繋ぐことはできそうだが、海を楽しむアクティビティに参加する余裕など到底ない。
ヨシヒコは宿泊先のプールサイドにあるテラス席に座り、せめて気分だけでもとガイドブックを広げた。翌日の散策プランを練り始めた、その時だ。
「日本の方ですか?」
背後から届いたのは、驚くほど流暢な日本語だった。
驚いて振り返ると、そこには白髪混じりの、上品な50代の日本人女性が立っていた。
「あ、はい。そうですけど……」
「私はキョウコと申します。
この街の和食レストランで働きながら、日本語を教えています。
実は今夜、お店で生徒たちとパーティをする予定なのですが、
ゲストとして参加してくれませんか?」
あまりに突然のスカウトに、僕は目を丸くした。
「でも、僕は英語がまだ上手く話せませんし……」
「いいのよ、その方が生徒たちも必死に日本語を使おうとするから!
もちろんゲストだから参加費は無料。
手伝ってくれたら、お礼に20ドル差し上げますわ」
戸惑うヨシヒコを置き去りにしたまま、
「じゃ、18時に迎えに来るわね」
と言い残してキョウコは風のように去っていった。
賑やかな「日本語」パーティ
約束の18時、キョウコが真っ赤な車で迎えに現れた。
「お待たせ。さあ、行きましょう!」