
気づかない強さ、気づいてしまう脆さ
夫は2年前に脳出血になり右半身麻痺が残りました。右手は全く動かせないため慢性的に脱臼していて、右足も少し振り出せるぐらいで歩けないため施設で暮らしています。
先日、転倒して麻痺している右足の股関節を骨折。人工股関節置換術(※)を行いました。
※股関節を取り除いて人工股関節を入れる手術のこと
退院して施設に戻り、1週間も経たないうちに、また転倒したと連絡がありました。それはわたしの誕生日の前日の出来事。
施設の看護師さん「また転倒して痛がっているので、念のため病院に行って診てもらってください」
わたし「今からそちらに向かうので、入院の準備もしておいてください」
施設の看護師さん「同感です。入院の準備も進めておきます」
病院に向かうとき、
夫「この前と同じ感じ。痛くて汗が出る」
わたし「(人工股関節なんて)武器を足に入れているのと同じなんだから、転び方によっては周りを貫くでしょう。そう思って生活しないと」
夫「えっそうなの?」
今回は、人工股関節が大腿骨を折ってしまい、人工股関節置換術と共に骨セメントで大腿骨を固定するという手術をすることになりました。
ぜんぶ聞かなくてもわかることってあるけど。それって想像力?現状把握力?
実際に見たことないけど、人工股関節は固そうだ。当然、自分の骨より堅そうだ。転んだら外れることもあるかもしれないし、周りの骨を砕く威力があるだろう。
そういう想像をしない人がいるんだ。夫は今は高次機能障害を持っているけど、以前からそうだった。話してても認識がズレるのは、いつもそこ。
未来のリスクに思いを巡らせることなく、いま目の前のことに集中している。不安を抱えることも少ない。「想像しない」ことで、守られている。
これが鈍感力というやつなのか。
知らないからこそ守られる幸せもあるし、知っているからこそ選べる行動もある。
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かくいう私も、ご多分に漏れず、知らないところで誰かや何かにカバーしてもらっているから今を生きられています。
今日はわたしの誕生日。
『いつもありがとう!』
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※余談:
ChatGPTに画像を作ってもらいました。
