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寺町を歩いて知った、「配置」という守り方

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    ある城下町を歩いていたとき、「寺町通り」という通りに出ました。
    名前のとおり、お寺がずらりと並んでいます。

    なぜ、こんなに一か所に集まっているのだろう。
    地元の方に聞くと、その町では、寺町には防御の役割もあったのだと教えてくれました。

    城下町では、寺院を外縁部などにまとめて配置し、防御に利用した例があります。寺には広い境内があり、いざというときには人が集まる場所にもなります。

    寺町がつくられた理由は町によって違い、防御だけが目的だったわけではないかもしれません。

    それでも私には、
    守るために、何か新しいものを建てるのではなく、すでにあるものをどこに置くかを考えるというところが、妙に残りました。

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    壁ではなく、配置を見る

    「守る」と聞くと、私はまず、壁を思い浮かべます。

    囲う。
    閉じる。
    入ってこられないようにする。

    でも、寺町の話は少し違いました。
    寺をなくすわけでも、新しい防御施設に置き換えるわけでもありません。

    寺は寺のままです。
    ただ、どこにあるかによって、街の中で別の役割も持つ。
    私が面白いと思ったのは、そこでした。

    守り方は、強くすることだけではなく、置き場所を変えることでもつくれる。その考え方だけ、日常に借りてみることにしました。

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    「配置」という見方を借りる

    生活の中にも、配置はいくつもあります。

    予定をどの時間に置くか。
    何と何を続けて置くか。
    同じものでも、置く場所が変わると、触れ方が変わることがあります。

    だから、何かがしんどいとき、
    「やめるしかないのかな」
    「もっと頑張らないといけないのかな」

    と考える前に、私はときどき、
    「置き場所はどうなっているんだろう」
    と見てみます。

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    変えてみても、何も変わらないこともあります。
    配置だけではどうにもならないことも、もちろんあります。

    でも、壁を高くしたり、何かを捨てたりする前に、置き場所を見る。
    そんな選択肢がひとつ増えました。

    何かを守りたいとき、私はときどき「配置」を見ます。寺がずらりと並んでいた、あの通りを思い出しながら。

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    日常の小さな違和感や夢の断片を、答えではなく「問い」に変えるエッセイを書いています。景色やものの働きを比喩として借りながら、意味を決めつけず、内側の動きを見つめます。読んでくださった方にとって、自分の感覚へ少し戻れる時間になれば嬉しいです。

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