
岩の話と同じだ、と思った

その年の五月、近所の公園を歩いていて、風のことが気になりました。
大きな通りは、いつも風が吹き抜けています。
ところが、そこから曲がると、ぴたりと風がなくなる。
何度歩いても同じでした。
なぜ、ここだけ風が吹かないんだろう。

家に帰って調べました。
ビル風というものがあるらしい。
ビルにぶつかった風は両側に分かれて強くなり、ビルを吹き越した風は、少し離れた背後で上から吹き降りてくる。
公園の脇には、高い建物が建っています。
たぶん、これだと思いました。
そこで終わらなかった。
風のことを調べていると、気圧の話になりました。気圧の話を読んでいると、今度は地球の自転の話になりました。風には地衡風、地上風、傾度風というものがあって、それぞれ違う力が関係しているらしい。
天気予報を見るだけなら、一生知らなくても困らなかったことです。
そのうち、なぜか力学に移りました。物にはたらく力を、矢印で書き表すこと。二つの力を合わせると、平行四辺形の対角線で表せること。

材料も、力をかけると伸びたり縮んだりし、その変わり方にはそれぞれ違いがあること。
三角形をつないで作る橋の骨組み。
山に染み込んだ雨が、地中に細い通り道を作っていること。
そして、少し前に歩いた長瀞の岩畳について調べていました。川べりに、薄い岩が何枚も重なるように広がっていること。
その合間に、テレビで溶岩や石の特集を見て、知らなかった名前もいくつか覚えました。
サヌカイト。
シュードタキライト。
珪藻土。
声に出してみると、それだけで面白かったです。

仕事にも、旅行の予定にも、何ひとつつながっていません。
いま思い出しても、なぜあんなに夢中だったのか、よく分かりません。
ひとつだけ、はっきり覚えていることがあります。
音楽のコード進行を調べていました。和音には、安定して聞こえるものと、不安定に聞こえるものがあります。不安定な和音は、そのままでは終わりにくく、安定した和音へ戻ると落ち着いて聞こえる。
その仕組みを読みながら、
「これは岩の話と同じだ」
と思いました。

ドミナント(不安定)は、地殻に溜まる強大なストレス。
トニック(安定)は、 地表への隆起と、岩の剥離による解放。
激しいエネルギーのぶつかり合いを経て、最後は心地よいところに落ち着く。
あのころの私には、分野が違うという感覚が、たぶんなかった。
五年経ったいまも、あまり変わっていません。
知らない言葉が出てくると、すぐ調べる。
でも…
使う予定は、やっぱりない。
