
心の勉強に興味があったのに、その道を選ばなかった話(社会人時代③) 【完】
休職になった理由は色々あると思います。
元々その研究室にいた同期から
「この研究室では新しいテーマはなかなか通らない」
「新しいことをやろうとしたら、反対意見ばかり言われてなかなか始められない」ということを聞いていました。
さらにこだわりが強い人が多く、人当たりの良い人がいないので、部署の人間関係も良くないことをわかっていました。
でも休職となった一番の理由は、
「自分のやりたいことは、ここではできない」と気づいてしまったからな気がしています。
研究室では、マウスや細胞を使った研究を主にしていました。しかし、私はそういったウェット系の研究に全く興味が持てませんでした。
大学時代もマウスを用いて研究していて、その頃から興味のなさは感じていました。でも社会人で再び実験をしたことで、さらに痛感しました。
休職に入った時に、「もう一生研究はしたくない」と思いました。
でも研究の中でも、その対象が「人の心、脳」だったら、また違うのか?脳の研究だとマウスを使うので、やっぱり難しいのだろうか?と、ぐるぐるとした思考が始まりました。
そのとき、実は八木さんの自己理解プログラムを受けていました。
部署異動はするものの、「そもそも、この会社・業界が合ってない気がする」「でもどの業界が良いかわからない」とモヤモヤしていたからです。
思い切って今までの人生を全部振り返り、自己分析しようと思っての受講でした。
3ヶ月間受けた結果、わたしの一番やりたいことは
「教育系NPOや企業で、キャリアイベントを企画すること」であるという結論になりました。

しかし一方で、企業で働くよりも、研究室で心や脳についての研究がしたい、と感じている自分の気持ちにも気づいていました。
でも「まだそれをするのは早い」「具体的な研究室・テーマがわからないから…」という気持ちで、どんどん研究について考えるのをやめていきました。
またこれまで、研究発表の前がとても憂鬱で、
もう一生発表はしたくないとも思っていました。




自分を追い込み、時間をつぎ込んで準備すれば、何とか発表をこなすことはできる。
時には褒めてもらえることもある。
でも自然に得意なことをこなしている感覚はなく、発表前はいつも憂鬱な気持ちがありました。
なのでもう研究発表からは離れることにして、企業への転職の道を選びました。
2026年、教育企業のイベント企画職へ転職しました。
もう発表しないでいいんだと思うと晴れ晴れした気持ちでした。
そこから転職先で働き始めて、どんな気持ちだったかというと、、、




短期のイベントはなんか違うな、ということでした。
「人の心理を深掘りたい」という強い思いがあることも実感しました。
ほかには、、



人の心理データを分析し、その結果を元に課題解決がしたい、という思いがあることにも気付きました。
最後に、

心理学や脳科学の研究をやってみたいという気持ちは、もうずっと消えないんだろうなと思いました。
まとめ
この15年間ほどずっと、いつも葛藤しながら選んできた自分のキャリアについて、記録してみました。
私はずっと、頭で考えて「正しい選択をしよう」「間違わないように進もう」と、これまでやってきたんだと思います。
でもこれだけ何度も、
「大学で心理学や脳科学の研究がやりたい」という思いが出てきているのなら、
それを選んでみることが、自分の人生を楽しむ上での正解なのかもしれません。
お金がなくなっても、社会人としてのステータスがなくなっても、
今私の頭の中にある興味に従って、もっと素直になってみてもいいのかもしれないと思いました。
これまで何度も踏み出そうとしたり、
やっと少し踏み出せたと思えばまた引っ込めたりを
繰り返してきて苦しかったです。
また踏み出した足を引っ込めそうになったとき、
自分がずっと抱えてきた夢をすぐに思い出せるようにしたいと思い、noteとして記録してみました。
でもこれだけは書いておきたいのは、
別の道を選んだことが間違いだと思うのも違う気がしている、ということです。
30歳までの私にとっては、今の選択をとることが、自分にとって一番大切にしたい道だったんだと思います。
今年受講したキャリコン養成講座で、たくさんの人生の先輩に出会いました。
その時言ってもらって、感動した言葉を書きます。
「これまでの経験に、何一つ無駄なことなんてないよ。
最後に『全てが繋がった』と思える時がくるからね。」
私は、自分がやってきたことは全て無駄じゃなかった、と最後に思える人生を送りたいです。
そして、誰もまだ成し遂げていない、
いろいろな経験をしてきた私だからこそできることをして、世の中に価値を残していきたいと思います。
終わり🌿