
#妻の好きなメニューは、なぜかいつも終売する
私は食い意地が張っている。自覚は大いにある。
幼い頃から母親の料理の微妙な変化に気付いていた。
「今日、醤油の味が違う気がする…」みたいなことを言っては驚かれていた。
今思えば、味覚が鋭いというより、単に食べることへの執着が強かっただけかもしれない。
20代前半。私はカラオケ店の店長をしていた。
スタッフとも年齢が近く、旅行に行ったり飲み会をしたり、パーティールームを一室押さえてイベントをしたりと、今思えばかなり自由だった。
ちょうどその頃、スーパーの調味料売り場が面白くなり始めた時代だった。
オイスターソース。甜麺醤。豆板醤。コチュジャン。などなど‥
今では当たり前に並んでいるが、当時は
「こんなの家で使う人いるの?」と思うような調味料が次々と登場していた。
カラオケのスタッフたちとそれを見るたびに、
「この前食べた店のやつ、再現できるんちゃう?」と盛り上がる。
そして厨房で実験が始まる。
「う~ん何か違うな」 「結構イケたんちゃう!」そんなことをやっていた。
お酒も同じだった。
オリジナルカクテルを作り、実際に販売までしていた。
今振り返ると、仕事をしていたのか遊んでいたのかよく分からない。
そんな私と対照的なのが妻である。
妻は冒険しない。驚くほどしない。
ラーメン屋に行けばいつものメニュー。居酒屋に行けばいつものメニュー。
焼肉に行けばいつもの部位。
たぶん妻の最後の晩餐は、私じゃなくても親しい人間なら十中八九当てられるはず。
付き合い始めた頃、私は不思議だった。
だってメニュー表を見れば一目瞭然なのだ。
「これ、絶対好きじゃん」 という料理が。
なのに頼まない。絶対に頼まない。じゃあ、私が頼む。
そして必ず一口あげる。
「…美味しい。」
よし。予想通り。
その瞬間、皿が交換される。
妻と私のルーティン化されたようなやり取りだ。
そんな生活を続けていたある日。
妻が不満そうに言った。
「私の好きなメニュー、いっつもなくなるんだけど…」
言われてみれば妻の気に入ったメニューは高確率で姿を消す。
それはさもスナイパーに狙われた人がある日を境に忽然と姿を消すかのように。
でも、これにはカラクリがある。
私が勧める料理には条件がある。
美味しそう、新しい、妻が好きそう。
この三条件を満たしたものだけを選んでいる。
そうなると必然的に期間や季節の限定商品率が異常に高くなる。
さらに別の日。妻に聞かれた。「何で自分で食べる前にくれるの?」
確かに普通は一口食べてから勧める。
しかし私は違う。
一番美味しい状態で食べてほしい。
熱いものは熱いうちに。冷たいものは冷たいうちに。揚げ物はサクサクのうちに。
食の感動は鮮度が命だと思ってる。
ってのは半分本当、半分は別の理由だ。
私は食い意地が張っている。パッツンパッツンに張ってるのだ。
もし妻が「一口ちょうだい」と言うタイミングまで待っていたらどうなるか。
その頃には、8割食べ終わっている可能性が高い。
つまり私は優しいのではない。そして親切なのでもない。
ただ食欲と経験から導き出された答えとして、「先に渡している」だけなのである。
結婚して11年。妻はいまだに定番メニューを選び続け、私は新メニューを探し続けている。
そして妻が気に入った頃には販売終了している。たぶんこれからもずっとそうなのだと思う。
妻の好きなメニューは、なぜかいつも終売する。
原因?…たぶん私だ。
創作大賞にエントリーしている作品です。
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