
【妖怪考察】赤鬼ーその正体と文化的意義
※本稿で扱う知見や症例は公知の学術情報等に基づく個人的考察であり、特定個人や係争中事件への言及ではありません(連載記事の趣旨等の詳細は文末に記載)。
1.日本人の心に棲みつく「最も身近な異形」
「妖怪」あるいは「物の怪」と聞いて、日本人が真っ先に脳裏に思い浮かべる姿。それは間違いなく「鬼」、その中でも「赤鬼」でしょう。
日本において赤鬼の概念が明確に視覚化されたのは、古くは平安時代、仏教思想(当時に描かれた地獄絵図など)が定着したころでした。
以来、赤鬼は日本人にとって最も身近な「境界の異形」であり続けました。
昔話『桃太郎』で成敗される圧倒的な悪の象徴、童話『泣いた赤鬼』に見られる人間臭い情愛、あるいは節分で「鬼は外」と豆を投げつけられる厄災の権化。珍しいところでは能に登場するような「女性が執念によって赤い鬼(鬼女)と化す」物語や、秋田の「なまはげ」のように赤い面を被って共同体を戒める神の使いとしての側面を持つものまで、多種多様なエピソードが存在し、その姿は日本の文化史のあらゆる層に深く根を下ろしています。
2.赤鬼に共通する「異様な身体的特徴」
これほど多面的な役割を与えられながら、日本全国の伝承や絵巻物において、赤鬼の身体的特徴には驚くほど厳密な共通点が存在します。
・人を遥かに凌駕する「筋骨隆々の巨大な体」
・全身を異様に染め上げる「赤い肌」
・ギョロリと見開き飛び出そうな「巨大な目」
・そして「鋭い牙」と「角(つの)」

なぜ、北は東北から南は九州に至るまで、文字の読み書きもままならなかった古代・中世の民衆が、申し合わせたように「赤鬼とはこの姿である」と共通認識を持つことができたのでしょうか。
赤鬼の認識が定着した当時の日本の情報網を考えると、遥か古代に『地獄絵図』のような絵画が存在したという事実だけでは、なぜ彼らの身体が常人の倍近く巨大化し、眼球が飛び出し、牙を剥き出しにしていなければならなかったのかという「共通した生々しい肉体描写の必然性」を説明し切ることはできないように思われます。
この謎を解く鍵は、神話の中ではなく、「法医学的観点」に隠されているのではないかと考えます。
3.法医学から考える「赤鬼」の正体
(1) 人のご遺体が通常の状態で放置され続けた場合
法医学において、人間のご遺体が、死後にどのように変化していくのか(死体現象)を学ぶことは基本中の基本です。
そして、生命活動を停止した肉体は、温度や湿度などの環境要因によって劇的な変化を遂げます。そうした変化の中でも、ある意味では基本中の基本であり、しかし同時に最も圧倒的現象があります。
それが「巨人様観(きょじんようかん)」と呼ばれる死後変化です。
人間のご遺体が気温20~25℃以上の状態で放置されると、
①体内にいた細菌が急増して大量の腐敗ガスが発生します。このガスが皮下に充満することで全身が著しく膨張して「巨人」のようになり、内圧により眼球が突出し、反り返った唇からは歯が剥き出しになります。
②さらに溶血や、腐敗水疱の破綻によって表皮が剥がれて真皮層という部分が露出することで、体全体が赤〜赤褐色へと変色します。
私は大学院生時代、この「赤い巨人」のように至ったご遺体の克明な記録写真を初めて目にしたときの衝撃を、今でも忘れることがありません。
特に、体は通常の人間より2倍はあるだろうという大きさに巨大化していること、眼球が押し出されてまさに「ギラギラ」していること、歯が剥き出しになりまるで鋭い牙を剥いているかのように見えることなどの特徴が脳裏に焼き付いています。
その姿を見た瞬間、私の脳裏に浮かんだのは、極めて原始的な 「これは、まさに『鬼』そのものではないか」という直感的な感覚でした。
そしてこの死後変化は、上述のとおり正式には「巨人様観」と呼ばれますが、司法解剖の専門家の現場での慣用語として「赤鬼現象」とも呼ばれているということを、その直後に知りました。
(2) 「鬼」と「ご遺体」の解剖学的特徴の一致
この「死後変化の物理法則」に当てはめると、赤鬼の奇妙な特徴は、すべて医学的説明がつくように思えます。
①人間のご遺体を気温20~25℃以上で放置した場合、腐敗ガスが全身の皮下に充満することにより、体は恐ろしいほどに膨張します。この際、生前は細身であった人物であってもまるで筋肉が大きく隆起した巨人のような体格に変貌します。
この特徴は、赤鬼の「巨人」という特徴に合致します。
②この状況の際には、眼の内圧により「眼球の突出」が起こります。さらに角膜が水分を失い、かつ、細胞の機能が停止することで「眼が白く濁る」現象が起こります。
この特徴は、赤鬼の「恐ろしい目」という特徴に合致します。
③この状態のご遺体は、乾燥により口の唇が後退して「歯牙の露出」がみられるようになり、特に鋭い「犬歯」がむき出しになります。
この特徴は、赤鬼の「牙」そのものに見えるものです。
④さらに、ご遺体内部では、血管内で「溶血」、つまり赤血球が壊れてヘモグロビンが外にでる状態が生じますが、そのヘモグロビンは「赤色」です。それに加えて、腐敗した水疱が破れることによって外側の皮がはがれて、溶け出した血液色素が染み込んで赤くなっている「真皮層」と呼ばれる部分が直接外にでることで、全身が肉々しく鮮烈な赤〜赤褐色に見えるようになってゆきます。
この特徴は、赤鬼の「赤い」という特徴に合致します。
⑤なお、赤鬼の「角」については、民俗学的には鬼門(丑寅)に由来する「牛の角」であるという象徴的説明が一般的です。
ただ同時に、解剖学的観点からは、激しい外傷による頭部の巨大血腫や、血液・体液で凝固した頭髪、あるいは食害等で一部露出した頭蓋骨の凹凸などを誤認した可能性も考えられます。
(もちろん、鬼のイメージがどのように形成されたかについては、複合的な文化要因が重なってのことであることは間違いがなく、全てを解剖学的視点から説明できるわけではないことは明らかです。)
(3) 中世日本の美術文化が与える洞察
ところで、当時の人々は、こうしたご遺体を目にする機会があったのでしょうか。
この点を考えるための1つの例として、中世日本(平安~鎌倉時代)には、『九相図』という絵画が全国で複数作成されました。
この『九相図』とは、「野外に放置されたご遺体が膨張し、表皮が剥がれて血や真皮の赤さに染まり、最終的に白骨化するまでの過程」が9つの過程(9つの相)で描かれているもので、幾つものバージョンが存在します。
なお、この「9つの段階」にも幾つかバージョンがありますが、最も一般的なのは「脹相、壊相、血塗相、膿爛相、青瘀相、噉相、散相、骨相、焼相」の9つではないかと思います。
多数作成された『九相図』のうち13世紀後期に作成されたものは、「国宝」の一部を構成しているほどに文化的価値が高いものです。
(『絹本著色六道絵』の1幅『人道不浄相図』)

これらの絵画のうち、『脹相(ちょうそう)』・『壊相(えそう)』・『血塗相(けちずそう)』にかけての場面は、まさに「赤鬼現象」を描いたものと理解されます。
『脹相』においてご遺体は「巨人化」して目や歯が剝き出しになり、『壊相(えそう)』~『血塗相(けちずそう)』において、全身が黒赤褐色や生々しい鮮血色で覆い尽くされる姿が描かれています。
こうした当時の美術文化作品は、当時の絵師はもとより、一般庶民にとって、路上や風葬地で「膨らんで真っ赤に変形したご遺体」を目にすることが珍しくなかったことを示しており、赤鬼の異様な姿には、こうした肉眼による現実の目撃体験(死体現象)が強く投映・合成されたと考えることもできます。
4.民俗学的分析ー祖先たちの「安全装置」

(1) 近代的な科学も情報も存在しなかった時代を想像してみてください。
村の男、女、或いは子どもが山へ入り、偶然にも、「赤く巨大に膨れ上がり、目を見開き牙を剥き出しにした、人の形をした巨大で真っ赤な‐ 何か -」に遭遇してしまったとき。
彼らは一体どれほどの衝撃を受けたでしょうか。
当時の人々には、おそらくは初めて見るであろう、その直視に耐えない凄惨な「何か」を、「かつて生きていた人の姿だ」と現実のまま受け止めることは、精神的に著しく困難だったことが容易に想像されます。
(2) 人間にとっては「自分の理解をはるかに超えたもの」に直面するほど恐ろしいことはありません。
①そうした際に人間がする防御反応は、「自分が理解できる範囲にものごとを落とし込む事」であり、「あれは人間ではない。話に聞いていた『赤鬼』という化け物だ」と理解することで、「心理的な安全装置」を発動させたものと考えることができます。
② また、人間がそうした恐怖に接した際の別の防衛反応は「他の人に話をすること」であり、「他の人に説明し、出来事について共有する過程で頭を整理し、落ち着きを取り戻すこと」でもあります。
『九相図』への言及の際に述べたとおり、人がこうした「恐ろしいもの」に直面する事態は、日本中で地域を超え、時代を超えて起きていたはずです。
さらに言えば、我が国の本州・四国・九州は、気温・湿度・その他の気候条件が他国ほどの大きな地域差がなく、時代や地域を超えて人々が見た「恐ろしいもの」は、概ね、同じ科学的法則・同じ環境に基づき、同じような死後変化をしていたことが予想されます。
したがって「日本国という枠の中で、社会的にある一定の共通理解を形成する土台」が存在していたと考えることもできます。
こうした、「人に話す」という別の「安全装置」が機能することにより、「巨人・赤色・爛爛とした眼・牙・角」という特徴が「確かにどこかの話で聞いていた鬼」の特徴として、さらに共通認識化されていった可能性は高いものと思われます。
③さらに重要なこととして、人の腐乱したご遺体そのものが生きている他の人の人体に危険である他、
そのご遺体が存在する場所・周囲には、その方が生きていた最後の時に「死をもたらした危険」が、まだそこに存在しているかもしれません。
我々の祖先は、こうした危険の回避についての蓄積された知恵を育み、「鬼は危険だから絶対に近寄らないように」と教え合い、
さらにその教えを強固なものとするために「鬼」が登場する伝承や怪談が作られ、
この「鬼概念」はいわば「共同体としての人間の安全装置」として機能し、発展し続けたのかもしれません。
5.結論 ー鬼の正体と残された問い
赤鬼の正体。
それは、地獄から湧いた実在する怪物などではなく、「死を遂げた後の人間が科学法則に基づき変化を遂げた姿」という圧倒的現実が、時代を超えて共有された「赤鬼」たる身体的イメージの核として深く刻み込まれたものではないでしょうか。
同時に、その過酷な現実から共同体を精神的にも衛生的にも守り抜こうとした「先人たちの必死の心の結晶としての概念」に他ならないのではないかと考えます。
そして、人間が人間社会の中で少しでも安全に生き続けるために産み出された「安全装置」と評価できるかもしれません。
──しかし、ここで一つの疑問が生じ得ます。
昔話には、赤鬼と常に対をなす存在として「青鬼」が登場します。

「赤鬼が赤いのは溶血や真皮層部分などによる」のだとすれば、
青鬼はなぜ「青い」のでしょうか?
ネット上の一部では、『赤鬼や青鬼は、腐敗の過程で皮膚の色が青から赤へと変化する様子を指しているに過ぎない』といった俗説を見かけるように思えます。
しかし、法医学の観点と日本の民俗史を照らし合わせたとき、青鬼の存在理由は、単なる初期の変色現象で片付けられるほど単純なものではないように思われます。
この連載記事の次回では、「青鬼」の正体と、それにまつわる過去の先人たちの知恵について書きたいと思います。
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【お読みくださる方へ】
1.本記事は「日本人の精神文化の分析」を目的とし、「人間共同体が蓄積した英知」への深い敬意を基礎としています。
2.考察の際に「法医学」の視点を1つの拠り所としますが、扱う法医学的知見や事例は特定の個人や現在係争中の事件に言及するものではなく、公知の学術情報・一般化された症例記録等に基づくもので守秘義務等には細心の注意を払っております。
3.妖怪の起源については様々な研究があり、複合的な要素が存在するという点を当然の前提としつつ、学術的・民俗学的考察の観点から独自視点で再構成した「あくまで1つの説」についての個人考察を記すものです。
【参考文献・史料】
〈法医学・死体現象に関する文献〉
・池田典昭・鈴木廣一 編(石津日出雄・高津光洋 監修)『標準法医学 第7版』医学書院
・押田茂實『法医学現場の真相 今だから語れる「事件・事故」の裏側』祥伝社
・岩瀬博太郎・柳原三佳『焼かれる前に語れ 司法解剖医が聴いた、哀しき「遺体の声」』WAVE出版
〈民俗学・歴史学・思想に関する文献〉
・柳田國男『妖怪談義』講談社学術文庫
・柳田國男『先祖の話』角川ソフィア文庫
・柳田國男『遠野物語・山の人生』岩波文庫
・折口信夫「鬼の話」(『折口信夫全集 第三巻 古代研究 民俗学篇2』中公文庫 所収)
・折口信夫『折口信夫全集 第二巻 古代研究 民俗学篇1』中公文庫
・折口信夫『古代研究 IV 民俗学篇 4』角川文庫
・折口信夫『死者の書』中公文庫
・勝田至『死者たちの中世』吉川弘文館
・吉本隆明『共同幻想論』河出書房新社
〈データベース・一次史料〉
・国際日本文化研究センター「怪異・妖怪伝承データベース」