
評価がまだ決まっていない場所で、僕たちは物語を始めた
どうも、久我レイジです。
少し遅れましたが、新年明けましておめでとうございます。
この年明けを、僕は北海道で迎えています。
正月の北海道は、音が少ない。
雪に吸われて、車の音も、人の気配も、どこか遠くに感じる。
そんな静けさの中で、僕はひとりパソコンの前に座っていました。
YouTubeのアナリティクスを開いて、年末に公開した『クロスロード』の数字を、ただ静かに見ていました。
胸を張れるような再生数では、まだありません。
でも、不思議なことに、ゼロではない動きが、毎日少しずつ続いている。
日本語の、しかもまだ始まったばかりのチャンネルなのに、海外からの視聴が混じり始めているのを見て、「もしかしてこれは、世界のどこかに触れたのかもしれない」そんな現実味を、ほんの一瞬だけ感じました。
評価が決まっていない場所に、作品を置くということ

作品を世に出すとき、一番怖いのは、批判ではありません。
無視されることです。
誰にも嫌われない代わりに、誰の心にも残らない。その可能性を引き受けたまま、公開ボタンを押す。
去年の12月末、僕たちはその場所に『クロスロード』を置きました。
今はまだ、「失敗」でも「成功」でもない場所にいます。
ただ、誰かが再生し、誰かが最後まで見て、誰かが次の話を待っている。
その誰かがいるという事実だけが、静かに積み上がっていく。
正月にひとりで、再生数を見るということ

お正月というのは、誰かの「今年はこうする」という宣言であふれます。
でも現実には、何かを本気で始めた人だけが、
静かな不安と一緒に正月を迎えます。
僕はいま、まさにその場所にいます。
「これ、もしかしたら世界に届くかもしれない」
という期待と、「やっぱり誰にも見られないかもしれない」という恐怖が、同時にある場所。
この感覚は、数字がゼロではなくなった瞬間から、一気に現実になります。
2026年、僕がやること

今年、僕は特別なことをするつもりはありません。
ただひとつだけ、はっきり決めていることがあります。
物語を途中で投げない。
『クロスロード』は、すでに誰かの時間を奪い始めています。
それが10人でも、100人でも、たとえ顔も名前も知らない誰かでも、人生の数分を預けてくれた以上、そこには責任が生まれる。
今年は、その責任を抱えたまま、
最後まで物語を届ける一年にします。
まだ評価は決まっていない。でも・・・

この作品が、どこまで届くかは分かりません。
でも、どこにも届かないまま終わらせない
という意思だけは、ここにあります。
もし今、あなたが何かを始めようとしているなら。
あるいは、誰にも見られていない場所で、
それでも何かを続けているなら。
僕たちは、同じ場所に立っています。
評価がまだ決まっていない場所で、それでも物語を信じている人間同士として。
2026年も、その場所から、物語を続けていきます。
まずはこちら(ショート連続ドラマ)『クロスロード』ショート版・連続ドラマ再生リスト
1話1分強で物語が進みます。
初めての方はこちらから。
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