
「メタバースは失敗した」と言われるけど、僕はそうは思っていない
「メタバースって、結局失敗したよね」
この言葉を、ここ数年で何度聞いたか分かりません。そして、その話題になると、ほぼ必ず名前が出てくるのがMetaです。
確かにMetaは、桁違いの資金を投じて、世界標準の仮想世界を作ろうとしました。
VR前提で、いつ行っても人がいて、生活そのものが成り立つもう一つの世界。
でも今、それが成功例として語られることは、正直ほとんどありません。
だから多くの人が、こうまとめます。
メタバースは流行らなかった。
結局、失敗だった。
ただ、僕はこの評価を聞くたびに、論点が少しズレている気がしていました。
失敗したのは「技術」ではなく「前提」だった

Metaが目指したのは、人が常に住み続ける仮想世界です。
これを現実に置き換えると、かなり難しい構造だと分かります。
まだ誰も住んでいないのに、街やインフラだけを先に完璧に作って、「ここで暮らしてください」と言うようなもの。
幻想としては魅力的です。
でも、持続させるには無理がある。
だからこれは、「メタバースがダメだった」という話ではなく、人が集まる前提を最初に置きすぎた設計だったのではないか。
僕はそう感じています。
日本発「cluster」は、最初から考え方が違う

一方で、日本発のclusterは、そもそも発想がかなり違います。
clusterは、「ずっと人がいる世界」を作ろうとしていないと思います。
イベントがある時に集まればいい。
上映会や発表会、交流会がある時だけ使われればいい。普段は誰もいなくても問題ない。
この設計は、仮想世界というより、映画館やホールに近い感覚です。
僕自身、使ってみて分かった「無理のなさ」

僕は実際に、cluster上で作品の上映やイベントを行ってきました。
その中で強く感じたのは、人が常にいないことが、欠点にならないという点です。
時間になれば人が集まる
終われば解散する
使われない時間があっても成立する
は現実のイベント空間と、ほこれぼ同じ感覚です。
さらに、clusterはVR必須ではありません。
スマホやPCからも入れる。
だから、教育や自治体、企業イベントとも無理なくつながっていく。派手ではないけれど、現実と接続しやすい設計だと感じています。
これから残るメタバースの共通点

ここまで見てきて、これから残るメタバースには
ある共通点があるように思えます。
それは、新しい世界を「作る」ものではなく、現実を少しだけ拡張する場所であること。
常に住む必要はない。
でも、必要な時には確かに機能する。
評価軸は、「常にどれだけ人がいるか」ではなく、「必要な瞬間に、ちゃんと役に立つか」
僕は、そこに軸足が移っていくと思っています。
終わったのは幻想であって、メタバースではない

「メタバースは終わった」
そう言われる時、終わったのは技術でも、概念でもありません。
終わったのは、みんなが常に住むもう一つの世界が生まれるという幻想です。
今は、その幻想から現実へ切り替わる途中。
メタバースは、派手な未来像を手放して、静かに使われる場所としてこれから定着していくと思います。
おそらく数年後、僕たちは「メタバース」という言葉を今ほど意識しなくなるかもしれません。
でもその裏で、メタバース的な仕組みは当たり前のように使われている。
僕は、そんな未来のほうがずっと現実的で、健全だと思っています。
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