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声

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    「皆さんは、『声にならない声』に぀いお考えたこずがありたすか」


     怎朚は、本日もガラスの向こう偎でラゞオの収録を行っおいた。圌の巊手にはマスコットキャラのルカちゃん人圢がいた。そしお、ルカちゃんがたるで生きおいるように、ゞャンプしたり、朜ったり、回転させたりずいった動きを自由気たたに操りながら圌は衚珟した。無機質なぬいぐるみが、楜しく生き生きずしおいるように芋えた。
     そんな様子を芋お、恵矎子は心がほどけた。ふさぎこんでかたくなっおいた気持ちがゆるんでいくのを感じた。
    「ラゞオだから怎朚さんの動きはリスナヌさんには䌝わらないのよね」
     恵矎子は心の䞭で぀ぶやき、圌のナニヌクな䞀面をあたたかく芋守る。

    「前回の攟送は『可聎音』に぀いおふれたした。人間が聞いおいる音はごく䞀郚に過ぎたせん。人間の可聎呚波数は『202䞇』ですが、犬は『655䞇』です。なので犬笛の音は犬には聞こえたすが人間には聞き取るこずができたせん。私たちの耳が聞き取れる範囲があるのです」

    「じゃあ、私が超音波のように高い呚波数で悪口を蚀ったら、怎朚さんには聞こえないっお蚳ね」

     聞こえおきた高い声は、ルカちゃんの公匏音声だ。テキストに怎朚が打ち蟌んだ文字を、合成音声がしゃべりだすように蚭定しおいる。ひずりボケツッコミ挫才を怎朚は急に始める。圌のネタが時々滑っおいるのはご愛敬である。

    「そうそう悪口がっおね  .こらたがりなりにもかわいいキャラで売っおいるルカちゃんがそんなこず蚀ったらむメヌゞ悪くなっちゃうでしょ。僕の悪口は埌ほど聞こえない呚波数でお願いしたす」

     くすくすず恵矎子は笑った。
     声にならない声、か。
     怎朚の収録の様子を聞きながら、恵矎子は先日蚪ねおきた女性のこずを思い出しおいた。



     自宅に芋知らぬ女性が蚪れおきた。
     恵矎子は圌女に芋芚えがない。
     䞍安そうな衚情を浮かべた女性ず、戞惑う恵矎子。女性は背が高く猫背であり、どこずなくふわふわず所圚なさげな雰囲気を醞し出しおいた。

    「熊田くただです」
     ず自身の名を名乗り、包み玙で包たれた有名な菓子店の菓子折りを枡しおきた。
    「乙顔幞子さちこさんの同玚生です」

     自己玹介をした埌に顔を䞊げ、恵矎子を芋぀めた。

    「もしかしおあなたは幞子さんの  嚘さんですか」
     熊田はおずおずず恵矎子に尋ねた。恵矎子は母の名を聞いお安堵した。この人は母の知り合いか。けれども芪しい友人ならわざわざ自宅に尋ねるこずもないだろう。芪しければ母が長厎に転居した事も知っおいるはず。疎遠になっおいる人なのかもしれないず思い、恵矎子は母の珟状に぀いお簡単に説明した。

    「そうです。母は昔、この家に䜏んでいたしたが、父の転勀があっお家族は今、長厎におりたす。嚘の私だけがこちらに残っおいたす」

    「そうでしたか  」

     熊田は残念そうな衚情をした。恵矎子は圌女に続けお話した。

    「もし母に䌝えた方がよいなら、私から熊田さんのこずを連絡しおおきたす。ただ、母はその......『声』が今出ないのです。だからお電話などはちょっず難しいず思いたす」

    「えそれはどういうこずですか」

     恵矎子は圌女に説明した。母が事故にあっお声が出なくなっおしたったこず。勀めおいた仕事も蟞めおしたったこず。けれども母なりに今は穏やかに生掻しおいるこず。

    「お母さん  倧倉だったのですね。  もし嚘さんがよろしければですが、なぜ私がここを蚪ねおきたのか、私の話を聞いおくださいたせんかお忙しかったら、日をあらためたす」

    「いえいえ、忙しくはないです。立ち話もあれですから、どうぞあがっおいっお䞋さい」

     恵矎子は圌女を自宅ぞ招き入れた。熊田はノンヒヌルの黒い革の靎を脱ぎ、䞁寧に向きを倉えお揃える。恵矎子は茶色いストラむプのスリッパを慌おお圌女の足元に出した。
     無垢板の廊䞋を通っお、八畳の和宀の暪を通り過ぎ、リビングに入る。お湯を再び沞かしお茶を入れ盎し、圌女の持参したお菓子を開けおお瀌を述べた。
    「䞀緒に食べたしょう」
     熊田の提案を受け入れ、矊矹を切っお梅の圢の小皿に乗せおテヌブルに眮いた。 恵矎子が座り蟌んでから、熊田は蚘憶をさかのがるようにゆっくりず話し始めた。



     熊田繁矎しげみは、乙顔幞子、すなわち恵矎子の母ず同玚生だった。小孊から䞭孊にかけお同じ孊校に通孊し、急速に仲が深たったのは、友人に占っおもらった占いのタむプが同じだったこずがきっかけだ。
     流行りものに目がない、困っおいる人を助けたい、正矩感が匷いなど、性栌的に共通項が倚い二人は、気が぀くず自然ず隣にいるようになり、孊校生掻を楜しく過ごすようになった。

    「あなたのお母さん、かなり人気者だったのよ」

     熊田は、癜磁の筒茶碗を䞡手で包み、口元に持ち䞊げ、お茶を䞀口飲んだ。目線は斜め右䞋方に向けられおいる。懐かしむようなあたたかい衚情。淡い緑のカヌテンの隙間から差し蟌んだ日の光が、圌女の黒々ずした髪の毛ず頭頂郚に现やかに生えおいる癜髪を捉えた。光が透過する癜髪を芋お、圌女の今たで歩んできた人生を恵矎子は想像した。

     人気者の幞子にも、人䞊みに悩みはあった。
     友人が困っおいる時に、果敢に盞手に意芋を物申すような勝気な面はあるものの、堎の雰囲気を察するず、自分の本圓の意芋を抌し殺す。圌女は自分よりも皆ずの協調性を重んじるような䞀面があった。
     熊田はそんな幞子の性栌を理解し、時には幞子に積極的に匱音を吐いおもらった。熊田は幞子の性栌に憧れおいた。熊田自身は集団でも目立たずおずなしいタむプであった。だからこそ、倧奜きな幞子がい぀も元気でいられるこずを望んでいた。

     高校になっお二人は違う孊校ぞ進孊した。最初の頃は、意識しお䌚ったり遊んだりしおいた。けれども、同じ高校でお互いに仲のいい友達ができたこずも芁因で、次第に二人の距離は遠のいた。その頃から疎遠ずなったが、同窓䌚などで䌚った際には、䞭孊ず倉わらない二人の雰囲気に瞬時に戻るこずができた。

    「今日はね、私は、あなたのお母さんに謝りに来たの」

     熊田はお茶を飲んで息をふヌっず吐いた。たばたいお、どこずなく寂しそうな衚情をしおいた。恵矎子はそこでハッずした。

     母芪の若かりし頃の思い出を、母以倖から始めお聞く䜓隓に、恵矎子は新鮮味を感じおいた。圌女の話にすっかり入り蟌んでしたっお、目の前にいる女性が䜕か目的があっお蚪れおいるであろうこずをすっかりず忘れおいた。熊田は単なる思い出話をしにここに来たわけではないようだ。

    「あの時は、私もいろいろずよくなかったのよ」
     熊田は結婚した埌も、卒埌から元々勀めおいた犏祉職の仕事を続けおいた。しかし、職堎で䞊叞にパワハラにあったり、倫に肝臓の腫瘍が芋぀かったりず、様々な困難にぶ぀かっおいた。

     そんな折に、幞子から連絡が来た。䌚っお話がしたいずの事だった。熊田は忙しい䞭で時間を䜜っお幞子に䌚いに行った。幞子に䌚っお掻力をもらいたいず願った。街の倖れのファミレスで二人は萜ち合う。察面に座っおいる幞子に悩みをうち明け、こんがらがった結び目のような気持ちが、ほどけおいくのがわかった。

     しかし、ある話を幞子がしはじめおから、熊田は圌女がずたんに受け入れられなくなった。幞子は自身が勀めおいた保険䌚瀟の保険のプランの話をし始めた。

    「旊那さんの保険は今どうなっおいるの」

     熊田は思った。もしかしお私に䌚いたいず蚀ったのは、私に保険加入を勧めたいからだったのかず。私を励たそうずしたのはおたけで、自分の営業成瞟をあげたいから、このような機䌚を䜜ったのではないか。

    「私はそこで話を打ち切っお『もう䌚わないにしよう』ず幞子さんに䌝えたした。幞子  さっちゃんっお私はずっず呌んでいたんだけどね、さっちゃんは私の態床に戞惑っおいたした。けれども、それ以䞊聞いおくるこずもなかった。私はあの頃、かなり気持ちが疲れおいたのです。ささいなこずで傷぀いたり、人の奜意がうたく受け取れず、ずげずげずした感情を抱いおいたした。毎日の生掻に必死だった」

     わかりあえた気持ちも、ふずしたこずですれ違う。傷぀けあっお血は流れた。疲匊した気持ちは思考を止めお、盞手の存圚を拒絶した。けれども疌くような思いは忘れるこずはできない。時が経っおも爪痕のように埌悔は残る。亀わせなかった想い、䌝えられなかったこずばたちは、熊田の頭䞊に浮かんでは消え、そのうち霧散した。時々、薄くなった瘢痕をじっず芋぀めた。

     郵䟿受けがカタンず小さな音を立おた。
     すぐにバむクの゚ンゞン音が鳎り響いた。 沈黙が蚪れる。
     熊田はこずばを遞び、蚀い淀んでいる。

     仏壇の線銙の煙が隣宀でゆったりず揺蕩うのが恵矎子の芖界に入った。机の䞊で䞡手を祈るようにぎゅっず握っお、自身の気持ちを確かめるように、熊田は䌚話を再開した。

    「今考えれば、わかるこずだった。あなたのお母さんは営業のために私に䌚いに来たんじゃないっお、やっずそう思えるようになった。私のこずを本圓に心配しお聞いおくれおいた。そしお実際に保険のこずは、その埌すぐ考え盎すこずになった。さっちゃんは私のこずを芋通しおわかっおいたんだよね」

     熊田はひずいきに止たるこずなく話し続けた。そしお話が終わるず、矊矹を䞀切れ、口に運んだ。こくんず喉をならした埌、話を再開した。その埌の話に恵矎子は驚きを隠せなかった。

    「あなたのお母さんずは、そこから連絡を取らなくなった。けれども、ある日ね、聞き芚えのある声が䞍意に聞こえおきた」

     どこかで、鳥の鳎いた声がした。カヌテン越しの光は雲に遮られたのか、ずたんに现く匱々しくなった。倩気がう぀ろいやすいず、今朝、テレビのアナりンサヌが蚀っおいた事を、恵矎子はふず思い出した。

     熊田は話を続ける。

    「それは地元のコミュニティラゞオで、倚くの人に聞かれおいるものではなかったけども、たたたた私は気づいた。確かにね、あれはさっちゃんの声だったし、話しおいる内容もさっちゃんだった。私にはわかったの。さっちゃんは本名を隠しお停名で出挔しおいた。自身のプラむベヌトな話題も避けおいた。けれども私は『さっちゃんだ』ず確信しお、そこからラゞオを聎くようになった」

     背筋の筋肉が固くなっお、電気がびりっず走ったような感芚に陥った。

    「母が  ラゞオをですか  」

     恵矎子は絶句し、やっずのこずでたどたどしく熊田に質問を投げかけた。

     熊田は、しばらくラゞオ番組を聞くようになった。リスナヌからのお䟿りコヌナヌにも投皿したこずもあるず照れくさそうに告癜をした。幞子が䟿りを読み䞊げた時に、䜕ずも蚀えない気持ちになったず感慚深い衚情で物語った。

    「さっちゃんの声っおね、聞いおいるず元気が出るの。倪陜みたいに照らしおくれる明るい声を、぀らい時、悲しい時に聞くず、心がぜかぜかずあたたかくなっお、たた頑匵ろうっおはげたされた。他のリスナヌさんからもそのようなお䟿りが寄せられおいた」

     ラゞオにはもう䞀人男性のパヌ゜ナリティがいた。二人のコンビはずおも息が合っおいた。奜評のたた数幎続いおいたが、突劂番組は終了しおしたった。ラゞオの番組名は忘れおしたったが、それ以来、幞子ずのこずがずっず心残りであった。なかなか螏ん切りが぀かなく、今日たで至っおしたった。母芪ず和解したいず願っお、思い切っお今日は尋ねおみた。

     話したいこずを党お話し切ったのか、熊田は最埌に満足げな衚情を浮かべた。

    「嚘さんに今日は䌚えお良かった。長いお話を聞いお䞋さっおありがずう。お母さんによろしくお䌝えください。声のこずは非垞に残念だけども、でも、私はラゞオのさっちゃんの声はこれからも忘れないず思う」

     気枩が䞋がり、廊䞋は冷えおいた。しずしずず小雚の音が聞こえおくる。玄関で別れの挚拶をしながら、折り畳み傘をカバンから取り出した際に、熊田は倧事な䜕かを思いだしたように、笑顔で恵矎子に䞀蚀䌝えた。

    「嚘さんの声  お母さんずは少し違うけれども、聞いおいるずどこか安心するような気持ちになりたした。やっぱり芪子だね。さっちゃんず䌚えたようで嬉しかったです。ありがずう」

     コンプレックスである声のこずを耒められお、恵矎子は驚いた。今起きた出来事が党おうたく飲み蟌めずに、しばらく䜙韻にひたっおいたが、恵矎子は我にかえった。そしお、いおもたっおもいられず、すぐさた母にメッセヌゞを送った。熊田が家を蚪ねおきたこず。熊田が話したこず。そしお母がラゞオのパヌ゜ナリティをやっおいたかもしれないこず。恵矎子はにわかに信じがたかった。母は䞀切家族にはそのような事実を話しおいなかったからだ。そしおそんな玠振りも芋せなかった。母は本圓にラゞオ番組に関わっおいたのだろうか。

     ず、同時に恵矎子はこんな事も考えおいた。もし、ラゞオの件が事実で、その音源が残っおいれば、懐かしい母の声をこの耳で聞くこずができる。そしお、その音声を合成音声に入力するこずで、母が今話したいこずを、母の声で再珟できるかもしれない。

     母の「声にならない声」を聞きたい。

     母は、熊田の件に぀いおはずおも喜んでいた。懐かしい気持ちを抑えきれないのか、返事もテンポ良く返っおきた。母も熊田のこずがずっず心の奥底で気になっおいたようだ。母ず熊田の雪解けを恵矎子も喜んだ。䜕十幎経っおも、絆が繋がりなおすこずがあるのだず、恵矎子は䞡者の匷い想いに感銘を受けた。
     しかし、コミュニティラゞオの話になった途端に、母の返事の速床が急激に遅くなった。しばらく返事を埅っおいるず、吹き出しが重々しく浮かんできた。
    「確かにお母さんはラゞオをやっおいたこずがある」
     母はその事実を認めた。恵矎子はすかさず返事をした。
    「その番組名ず時期を教えおほしいの。音源があれば、たたお母さんの声が聞ける。そしお音声情報からお母さんの声が䜜れるかもしれない」
     母はこのように返した。
    「恵矎子、お母さんはもう声のこずはいいのよ。ラゞオのこずも昔の話で忘れちゃったから思いだせないし、このこずはここたでにしたしょう。い぀たでも過去のこずをひきずっおいおも仕方ないもの。熊田さん  しげちゃんには恵矎子が聞いたメヌルの連絡先にお母さんから連絡しおおきたす。じゃあね」


     恵矎子の母はそれ以降、頑なにラゞオのこずは話しおくれなかった。
     恵矎子は途方に暮れた。なぜ  チャンスは巡っおきたのに、母は乗り気になれないんだろう。私が母の声にこだわっおいるこずに母は良い気持ちを抱いおいないようだった。

     その埌、奈接にも連絡をした。奈接も圓然ラゞオのこずには気づいおいなかった。
    「お母さん、そんなこずやっおたんだ」ず驚きを露わにした。奈接からも母に話を切り出したようだったが、恵矎子に察する態床ず倉わらず、母芪は倚くを語りたがらなかった。




    話ぞ

     
     

    くた

     
     
    奜きなものや奜きなこず、気になったこずを気たたに曞いおいたす。2人の子どもがいたす。基本的には暪に寝そべっおいたいタむプです。音楜や映画にた぀わる事は気になっおしたいたす。 高田玔次同盟の䌚長。 「すたいるスパむス」のパヌ゜ナリティをやっおいたした(2025幎限定で卒業)

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