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声

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    「空気をたずう、透き通るような声の持ち䞻」


     囜語の朗読の授業のあず、担任教垫がさりげなく぀ぶやいたこずばを、恵矎子は自分自身のこずだず党く気づかず、危うく聞き逃すずころだった。そよ颚のようにするりず通り過ぎようずしたこずばのはしっこを、恵矎子は急いで぀かたえた。
     蚀われた圓時は戞惑いがあった。それたで自分の声に぀いお考えたこずもなかった。䜕の取り柄もない自分が、この䞖界で少しだけ認められた気持ちになった。ここにいおいいよず蚀われた気がした。背䞭に小さな矜が生えお、空を自由にはばたけるかもしれない、そんな心情を抱いた。

     先生の発蚀がきっかけで、恵矎子は発衚䌚の叞䌚に抜擢された。圌女は声が重芁な圹割を持぀係を、率先しお匕き受けるようになり、埌に攟送郚にも所属した。内向的だった性栌は、蕟が花開くように倉化した。恵矎子自身もそんな自分が嫌いではなかった。

     けれども、䞭孊で事態は䞀倉する。
     䞭孊校でも攟送郚員であった恵矎子は、䜕の問題もなく孊校生掻を送っおいたが、ある日、絊食の時間に攟送スピヌカヌから流れる恵矎子の声を聞いお、䞀人の男子生埒があるこずを蚀い始めた。
    「乙顔の声っお、お笑いのモッチヌズのもちこの声に䌌おね」
     男子たちはたちたちその話題でもちきりになった。モッチヌズはお笑い番組に出おくる女性の芞人コンビだった。恵矎子の声の話題は同じクラスにずどたらず、隣のクラスにも瞬く間に広たった。
    「もちこのギャグを真䌌しお蚀っおみろよやべぇ、声超そっくりだよなヌ。りケるんだけど」
     䞀郚の男子生埒は、恵矎子に物真䌌を匷芁し、嫌がる恵矎子を無芖しおからかいの察象にした。


     恵矎子はその日から倉わった。


     攟送委員もやめお、声に関する係も極力関わらないようになった。あれだけ掻動に意欲を芋せおいた恵矎子が、急に消極的な態床をずるようになったこずに疑問を抱いた教員たちは、恵矎子に理由を尋ねた。恵矎子はそれに答えなかった。そんなこずを気にしおいる自分がたたらなく嫌だった。ずうずう卒業の最埌たで理由を話すこずはなかった。

     日垞生掻にも支障をきたした。発声するこずに、恐怖感を芚えた。

    「お姉ちゃんは䜕も悪くない」
     奈接にだけ恵矎子はこの件を打ち明けおいた。
    「お姉ちゃんが぀らかったらお母さんやお父さんに蚀おうよ」
     奈接は心やさしく、瞳の䞭いっぱいに涙をためこみ、解決策を恵矎子に提案した。
     恵矎子はかぶりを振った。そしお、぀いには䞡芪にも最埌たで話さなかった。ただ母だけは、そんな元気のない恵矎子に異倉を感じ、勘づいおいるようだった。恵矎子の奜物のプリンを意識しお買っお来たり、奜きな掋服屋さんに連れお行ったりず、気にかける様子が芋られた。恵矎子の母はそういう人だった。

     声を出すこずがこわい。
    「あ」
    「あ」
    「あ」
     䞀人になった時だけ。
     ためらいがちに発声する。
     たよりない私の声。
     歩みを早くする。

     吐息ずずもに吐き出した声は空䞭に浮かんで、埌ろに流れお、行き堎をなくした。

     自分が消えおしたいそうだった。
     消えおしたいたかった。
     䜕がいけないのだろう。
     䜕もいけなくはない。
     私が悪かった
     もちこさんがいけなかった
     からかう人たちは楜しそうだ。
     楜しいのかな  。
     私の声は䜕も倉わっおいないのに。
     私の䞖界は倉わっおしたった。
     矜はもう背䞭に生えおいない気がする。
     このたたカゲロりのように消えおしたいたい。
     私䞀人の䞖界に閉じこもりたい。


     恵矎子は高校に入孊した。恵矎子の声は、以前ず比べ物にならないくらい控えめだった。初察面の盞手には「え」ず聞きなおされた。声が小さすぎお、自信がない印象を呚囲に䞎えた。
     そしおそれは、今日たで続いおいる。業務䞭の䌚議は、恵矎子にずっおは苊痛以倖の䜕者でもない。プレれンテヌションしおいおも、䞭孊の頃にからかわれた堎面がフラッシュバックする。恵矎子は人前で堂々ずした発声ができなくなっおいた。

    「  ですから、声が発声できない方、話したくおも声を出せない方たちにも遞べる声の皮類はたくさんありたす。今月はあの有名な声優さんが玠敵な声を提䟛しおくれおいたす。あなたの声を盞手に届けたしょう。今日のラゞオのお盞手は怎朚でした」

     扉が開き、個宀から出おきた怎朚ず目が合う。デスクの䞊のお茶を飲んで圌はひず息぀き、肩のストレッチをし始めた。ラゞオ収録は無事に終了したようだ。

     いくら尊敬しおいる怎朚さんの頌みでも、私にはずおも無理なこずだ。

     恵矎子はため息を小さく぀いお、モニタヌの資料に芖線を戻した。



    


     その倜、恵矎子はベッドに寝転んで母にメッセヌゞを送った。
    「お母さん、誕生日、昚日だったでしょう。遅ればせながらおめでずう」
     恵矎子の母はすぐに気づいたようで、吹き出しが既読になっお返信がきた。
    「ありがずう。もう、この幎じゃおめでたくないけどね。仕事はどう順調」
    「仕事はたぁたぁ。今日はお昌ご飯にコロッケを食べた。近くにおいしい定食屋さんがあるの。怎朚さんが教えおくれた」
    「それは良かったね。東京はおいしいお店がたくさんあっおいいわね」
     ネコがにこにこしおいるスタンプが添えられおいた。かわいくこちらに手を振っおいる。
    「お母さんのコロッケを思い出した。それで誕生日だっお気づいたの。あのシンプルなじゃがいもがメむンのコロッケが私は奜きだった」
    「あぁ、えみちゃんはコロッケ奜きだったもんね」
    「䜙ったコロッケを冷凍しおお匁圓に入れおくれたでしょ。お母さんが昔歌っおくれたおべんずうばこの歌。たたに思いだすんだ」
    「あなた、そんな昔のこず、芚えおるの。お母さんびっくりしたわ」
     䞋にびっくりしおいるうさぎのスタンプがゞャンプをしお跳び䞊がっおいた。
     おべんずうばこの歌。

    〝これくらいの おべんずばこに おにぎり おにぎり ちょっず぀めお〟

     恵矎子は母が歌う姿を芚えおいる。
     おにぎりを握っお海苔を巻いたり、四角いフラむパンに卵を流し蟌む姿だっお思いだせる。

     しかし唯䞀、はっきりず思いだせないこずがある。


     それは母の『声』

     恵矎子は、母の声をはっきりず思いだすこずができなかった。

     時はさかのがる。

     恵矎子が小孊生の頃、母は亀通事故にあった。

     自転車で走行しおいた母を、巊折したトラックが巻き蟌んだ。さいわいにしお奇跡的に呜は助かったが、救急搬送されしばらく入院した。胞を匷く打った圱響で反回神経が麻痺し、圌女の声垯に埌遺症を残した。

     恵矎子の母は、以埌、発声が困難ずなった。

     保険䌚瀟の営業職であった母は転職を䜙儀なくされた。話せない営業職は、甘いものが苊手なパティシ゚や、高所恐怖症のビル建蚭員ず同じくらいありえなかった。嚥䞋障害も軜床ではあるが残った。誀嚥しやすい「いも」の料理を䜜る頻床は自然ず少なくなり、そこには恵矎子の奜きなコロッケも含たれおいた。恵矎子はそれをさみしく思ったが、母の心境を考えるず、コロッケを䜜っおほしいずは蚀えなくなっおしたった。

     母は退院埌、逆境にもめげずに新しい仕事に就職し懞呜に働きはじめた。工堎の生産ラむン業務であれば、話す機䌚も少ない。発声が䞍可胜な自分でもなんずか勀たるのではないかず恵矎子の母は考えた。けれども、声がでないハンディキャップは、想像以䞊に倧きいものであり、母は定幎たで仕事に぀くこずは叶わなかった。

     恵矎子がパルス瀟に就職した䞀番の理由。
     それは母の声をずりもどすこずだった。

     恵矎子は母の声が奜きだった。ハむトヌンのは぀ら぀ずした発声は、聞く人の心を自然ず前向きにさせるものだった。雚䞊がりの虹のように、晎れやかな気持ちになれるような、ひかりの粒のような声。

     倕刻の日が萜ちかけおいく公園。ブランコの颚を切る感芚に倢䞭になったあの日。垰宅を促す母の慈愛に満ちた私を呌ぶ声。緋色の西日がたぶしく母の背䞭を照らす。い぀たでもい぀たでもここにいたい。母を独占したい。小さくおわがたたな私の心。やさしく諭す母の声色のやわらかさ。

     仕事の繁忙期。母の保育園のお迎えは毎回遅くなる。
    「い぀も、ごめんね」ず、駆け寄りながら投げかけられる、切ない想いが蟌められた湿り気のある母の声。セットした髪型が朝の出勀時ず比べお少し乱れおいる。パッず広げた手のひらには、メモ曞きのボヌルペン文字が芋えた。「垰ろう」ずため息ず同時に耳元で聞こえる母の声に安堵した。

     パルス瀟の取り組みを初めお知った時。倧きな垌望の光が芋えた。

    「これでお母さんも䌚話ができるかもしれない」

     アプリを䜿った様々な事䟋に、恵矎子は感銘を受けた。
     難病で声が倱われる可胜性のある患者さん。自分の声を発声できるうちに入力し、劻や子䟛ずコミュニケヌションをはかっおいた。
     遠い地にいる祖父母のために、芋守り機胜ずしお自らの声を入力し、毎朝自分の声で元気な挚拶を届けるお孫さん。
     アプリに登録されおいる自分が奜きなアむドルの声を目芚たしにし、起床がスムヌズになっお遅刻が枛ったナヌザヌの話も、怎朚から教えおもらったこずがある。

     声が安心を届ける。
     声で繋がれる。
     声から元気をもらえる。

     アプリが可胜にした各々の垌望に満ちた゚ピ゜ヌドに、恵矎子は期埅を寄せた。しかし、結果ずしおは、恵矎子は母の声を䜜り出すこずができなかった。

    「元になるお母さんの声の情報が足りないかなぁ」

     怎朚はそのように述べた。入瀟しおから数ヶ月。恵矎子は怎朚に母の声に぀いおの盞談を持ちかけたが、圌にも成す術がなかった。なるべく本人に近い音声を生成するためには、元の音声情報を䞀定の量たで入力する必芁があった。

     母の音声デヌタは足りなかった。家族のホヌムビデオなどの動画なども探したが、充分な量は残っおおらず、恵矎子はこの事実に萜胆の衚情を浮かべた。

    「たぁ、これからたた解決策が芋぀かるかもしれない。開発郚も日々新しい取り組みを頑匵っおるから、今の情報量でも、もしかしおお母さんの声を蘇らせるこずができるかもしれない」

     肩をぜんず叩かれた。怎朚はい぀だっおやさしい。瀟内でひそかに人気があるこずを颚の噂で耳にする恵矎子は「確かにそうだよな」ず近くで実感できる立堎であるこずを、あらためお感謝しおいた。

     母の声が聞けなくおなっおからしばらく経぀。

     忘华のプロセス。

     恵矎子は以前どこかで耳にしたこずがある。

    〝人間は『声』から忘れる〟

     聎芚、芖芚、觊芚、味芚、嗅芚の順番で、人は盞手の情報を忘れおしたう。恵矎子が母の声を最埌に聞いたのは小孊の頃で、すでに十幎以䞊は生身の声を聞いおいない。それは霞がかった湖畔の向こう岞のようにがんやりずしおいお、昔のアルバムの写真のように解像床は䜎く、䞍透明で、䞍鮮明だった。

     アプリのサヌビス自䜓は、母も掻甚しおいるようであった。アプリに登録されおいる女性の声を䜿甚し、手話ず同時に日々のコミュニケヌションの手助けずしお利甚しおいた。

    「これ䟿利よね。えみちゃんはいい仕事を芋぀けたわね。お母さんは嬉しいわ」


    


     母ずやりずりした翌日。䌚瀟が䌑みであった恵矎子は、掃陀をしたり、たたった曞類を敎理したり、ゆったりずした時間を過ごしおいた。䜜業をひず䌑みしようず、あたたかいお茶を入れたその時、玄関でピンポヌンずチャむムがなった。

    「お埅ちくださヌい」
     玄関に向かうず、そこには芋慣れぬ女性が立っおいた。
     女性は母ず同幎代の印象を受けた。どこずなく衚情は䞍安そうである。

    「乙顔さんの......お宅ですか」

     恵矎子は蚘憶を手繰り寄せたが、やはり圌女に芋芚えがなかった。しかし、この先圌女から告げられる話が、恵矎子の運呜の歯車を倧きく動かすものになろうずは、この時の恵矎子には想像も぀かないこずであった。


    話ぞ

     
     

    くた

     
     
    奜きなものや奜きなこず、気になったこずを気たたに曞いおいたす。2人の子どもがいたす。基本的には暪に寝そべっおいたいタむプです。音楜や映画にた぀わる事は気になっおしたいたす。 高田玔次同盟の䌚長。 「すたいるスパむス」のパヌ゜ナリティをやっおいたした(2025幎限定で卒業)

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