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衝撃は打った場所だけには留まらない|臨床メモ⑤


    転んだとき、
    身体に残るのは痛みだけではない。

    衝撃は、
    打った場所だけで終わらず、
    身体の中を抜けていく。

    問題は、
    その通り道が見落とされやすいことだ。

    ⸻

    転ぶ。
    ぶつける。
    打つ。

    衝撃は、その場で終わらない。

    痛いのは、打った場所だ。
    打撲する。腫れる。
    ひどければ骨折もする。

    だから普通は、
    その場所を冷やし、湿布を貼り、安静にする。

    もちろん、それは必要だ。

    でも、よくよく身体を見ていると、
    問題はそこだけで終わっていないことがある。

    ⸻

    衝撃には、入口がある。
    通り道がある。
    そして、衝撃が抜ける場所がある。


    にもかかわらず、
    見られるのはだいたい入口だけだ。

    どこから入りどこを通って、
    どこへ抜けたのか。
    そのライン上で何が起きたのか。


    そこは意外なほど放置される。

    ⸻

    身体は、
    どこかが凹めば、
    どこかで凸をつくって帳尻を合わせる。

    その場ではうまくやり過ごしても、
    時間が経つにつれて、
    そのライン上に
    緊張、弛緩、偏ったテンションが残る。

    これが、
    目に見えない後遺症の始まりになることがある。

    ⸻

    いわゆるむち打ちも、
    構造としては近い。

    首だけの問題ではない。

    衝撃が入って、
    抜けて、
    その途中で何が起きたのか。

    そこまで含めて見ないと、
    整理はつかない。

    入口だけを見る。
    出口だけを見る。
    痛い場所だけを見る。

    そうやって片側だけを追いかけると、
    かえって症状を慢性化させることがある。

    ⸻

    昔のケガでも同じだ。

    もう治ったと思っている。
    痛みもない。

    でも、
    きちんとケアして整理されないまま残った衝撃のラインは、
    ずっと陰で悪さをすることがある。

    未完了のものは、
    その過去へと引き戻す。

    アンカーのように。

    それは、
    物理世界でも
    精神世界でも
    同じだ。

    今ある不調と、
    昔の転倒や打撲が、
    まったく無関係とは言い切れない。

    ⸻

    臨床では、
    「今ここが痛い」で終わらせない。

    どこが入口だったのか。
    どこを通ったのか。
    どこへ抜けたのか。
    その結果、どこが代わりに頑張っているのか。

    そこまで見ていく。

    身体は、局所で完結していない。
    衝撃もまた、局所だけには留まらない。

    だから本当に整えるなら、
    入口と出口と通り路を
    ひとつの流れとして捉えること。

    それが、
    後から残る違和感や慢性化を防ぐうえでも
    大切だと思っている。

    ⸻

    深く整理したい人は、施術。
    自分でほどいていきたい人は、ワーク。


    どちらにしても、
    身体の中に残った「通り道」を
    なかったことにしないこと。

    そこからしか、
    本当の意味での整理は始まらない。


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    呼吸と身体の専門家|臨床もうすぐ30年 身体を通して、人生の見え方を変える。 呼吸・感覚・無意識から、自分の主導権を取り戻すためのnote。 初めての方へ ▶ 身体を知るための3つの入口 https://note.com/labo402/m/m921dacd5f7fa

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