
身体は、言葉の前に語っている
珍しく満員電車に乗っていた。
隣に立っていた男性を見ていて、
「この方、身体がずいぶん疲れている。」
そんな印象を受けた。
音はしない。
見た目もごく普通。
会話をしたわけでもない。
表情をじっくり見たわけでもない。
もちろん、
身体に触れたわけでもない。
それなのに、
身体全体から、
そんな重だるい空気を感じた。
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電車を降りたあとも、
その感覚がしばらく残っていた。
なぜそう感じたのだろう。
長年、
身体を観察する仕事をしている。
呼吸。
姿勢。
重心。
筋緊張。
動きの癖。
そんなものを日々見続けていると、
言葉になる前の情報を受け取ることがある。
あの日も、
そんな瞬間だったのかもしれない。
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呼吸は、
思っている以上に、
全身へ現れる。
肩の高さ。
首の緊張。
胸郭の動き。
重心の置き方。
呼吸そのものを見なくても、
身体全体に、
その人らしい呼吸の痕跡が残っている。
身体は衣服で隠せても、
呼吸までは隠しきれない。
そんなふうに感じることがある。
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人は、
思っている以上に、
周囲と同調して生きている。
あくびがうつる。
笑顔が伝染する。
誰かが緊張すると、
こちらまで少し身体が固くなる。
反対に、
穏やかな人のそばでは、
自分まで呼吸が深くなることがある。
心地よい場では、
呼吸まで穏やかになることがある。
反対に、
張りつめた空気の中では、
自分まで無意識に力んでしまうこともある。
これは特別な能力ではない。
人に本来備わっている、
観察し、
感じ取り、
同調する力なのだと思う。
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だから僕は時々思う。
空間を共有するということは、
思っている以上に、
お互いが影響し合うということなのだと。
言葉がなくても。
会話がなくても。
身体は、
たくさんの情報を受け取り、
そして発している。
だから、“場”をつくることは
想像よりも大切なことだ。
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施術の現場でも、
似たようなことが起きる。
触れるずっと前から、
何となく感じることがある。
話を聞く前から、
身体が語っているように思うことがある。
もちろん、
勝手な思い込みもある。
先入観や勘違いもある。
だから最後は、
必ず本人に確認する。
それでも、
身体が発している情報は、
私たちが思っている以上に豊かなのだと、
臨床のたびに感じている。
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あの日の満員電車で、
改めて思った。
身体は、
言葉の前に語っている。
そして私たちは、
思っている以上に、
その声を受け取っている。
聞こえていないのではない。
ただ、
情報の波と忙しさの中で、
その小さな声に気づく余白を失っているだけなのかもしれない。
ここまで書いてきたことは、
知識として理解するだけではなく、
実際に身体で感じてみることで、
見え方が変わることがあります。
僕は普段、
呼吸や身体の感覚を通して、
自分の身体を観察し、
自分で気づいていくための
オンラインワークを行っています。
記事を読んで、
「一度、自分の身体でも確かめてみたい。」
そう感じた方は、
noteホーム画面右上のメール(封筒マーク)から
ご連絡ください。
オンラインワークについてご案内します。
必要になったときに、
思い出していただければと思います。