
人間の本質価値は、むしろ濃くなる
── AI時代は、分業が進むだけで、
本質はむしろ明確になる。
AIがものすごい勢いで進化している。
文章をまとめる。
比較する。
整理する。
要約する。
パターンを見つける。
会話する。
この領域の精度は、
これからも想像以上のスピードで上がっていくと思う。
そこでよく出てくるのが、
「人間の仕事は奪われるのか」
という問いだ。
でも、僕は少し違う見方をしている。
AIが進化することで起きるのは、
人間の価値の消失ではなく、
人間の本質価値の明確化
だと思う。
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AIは二次処理に強い
AIが得意なのは、二次処理だ。
正解を出す。
整理する。
比較する。
要約する。
パターンを分析する。
擬似的な会話を成立させる。
これは本当に強い。
しかも、その処理速度も尋常ではない。
ここは今後さらに大きく伸びていくと思う。
でも、ここで見落としやすいことがある。
それは、
それらはすべては
大元があるから成立している
ということだ。
誰かが感じた。
誰かが動いた。
誰かが違和感を持った。
誰かが失敗した。
誰かが、身体で結果を引き受けた。
その一次体験があるからこそ、
AIは整理できるし、比較できるし、分析できる。
つまりAIは、
何もないところから生きた現実を生み出しているわけではない。
すでに起きたもの。
すでに生まれたもの。
すでに誰かが引き受けたもの。
それを高速で処理している。
ここを混同すると、
AIが“生きた現実そのもの”を生み出しているように見えてしまう。
でも本当は、
AIは極めて優秀な処理者であって、
現実の発生源そのものではない。
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人間は、一次体験の発生源である
人間の強みは、
まさにそこにあると思う。
体験すること。
感じること。
動くこと。
決めること。
責任を引き受けること。
これは、識別や統計や処理ではない。
発生だ。
たとえばそれは、施術でもそうだと思う。
目の前の人の身体にリアルに触れて、
その日の呼吸、緊張、質感、迷い、守りまで含めて感じる。
その場で見立てる。
介入する。
変化を観る。
必要なら修正する。
これは単なる分析ではない。
リアルタイムで起きている一次体験そのものだ。
しかもそこには、責任がある。
「これでいく」と決めること。
それを行動に移すこと。
その結果を引き受けること。
提案はできる。
比較もできる。
整理もできる。
でも、
身体で引き受けること はできない。
ここに、人間の側の本質価値がある。
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感覚と身体があるから、体験は生まれる
特にこれから価値が残るのは、
感覚と身体がベースにある仕事だと思う。
なぜか。
体験は、感覚が基本だからだ。
行動は、身体が基本だからだ。
あとから分析することはできる。
整理することもできる。
言語化することもできる。
でも、その前に
誰かが感じていなければ始まらない。
誰かがその場にいて、
揺れたり、迷ったり、悩んだり、選んだり、
動いたりしていなければ、
分析する材料そのものが存在しない。
だから、これから先も価値が残るのは、
単に情報を持っている人ではなく、
感じる人。
見立てる人。
触れる人。
動く人。
決める人。
そういう、
一次体験を生み出す側の人間 だと思う。
AIが進化すればするほど、
人間は「何ができるか」ではなく、
何を生み出す側なのか
が問われるようになる。
何が好きなのか。
何に違和感を持つのか。
何を美しいと思うのか。
何を引き受けるのか。
そこが、ますます重要になる。
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これはAIの否定ではない
ここは誤解されたくない。
これは、AIの否定とかではない。
むしろ逆で、
AIはどんどん活用したらいいと思う。
整理してもらえばいい。
比較してもらえばいい。
下書きをつくってもらえばいい。
要約してもらえばいい。
そのほうが、人間はもっと
一次体験に集中できる。
だからこれは対立ではなく、
分業だ。
AIは処理を担う。
人間は体験と感覚と決断を担う。
この分業が進めば進むほど、
人間の本質価値はむしろ濃くなる。
曖昧になるのではなく、
輪郭がはっきりしてくる。
自分が何者なのかも。
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人間の価値は、処理能力ではなくなる
これから先、
人間がAIと同じ土俵で
処理速度や整理力だけを競うのは、
あまり意味がないと思う。
そこでは分が悪い。
でも、人間には別の価値がある。
見立て。
審美眼。
感覚と識別能力。
身体感覚。
責任。
場をつくる力。
これは、
ただ情報を持っているだけでは育たない。
体験し、
引き受け、
失敗し、
観察し続けた人にしか出ない密度がある。
そして、その密度は
簡単にはコピーできない。
ここに、
人間の本質価値があるのだと思う。
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AI時代は、人間が何者かをはっきりさせる
AIが進化するほど、
人間の価値は奪われる。
そういう言い方もある。
でも僕は、少し違うと思う。
AIが進化するほど、
人間が何者なのかは
むしろ、はっきりしていく。
何を感じるのか。
何を体験するのか。
何を引き受けるのか。
何を生み出すのか。
そこが、その人の価値になる。
そして、
これまで自分でも知らなかった
本来持ち合わせている価値にも
気づいていくと思う。
AIは処理を担う。
人間は、感覚と身体と決断を担う。
この分業が進むほど、
人間の本質価値は
より明確になっていく。
だから僕は、
AIの時代を悲観していない。
むしろ、
職人性の価値がもう一度はっきりする時代
だと思っている。
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ここまで書いてきたことは、
知識として理解するだけではなく、
実際に身体で感じてみることで、
見え方が変わることがあります。
僕は普段、
呼吸や身体の感覚を通して、
自分の身体を観察し、
自分で気づいていくための
オンラインワークを行っています。
記事を読んで、
「一度、自分の身体でも確かめてみたい。」
そう感じた方は、
noteホーム画面右上のメール(封筒マーク)から
ご連絡ください。
オンラインワークについてご案内します。
必要になったときに、
思い出していただければと思います。