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BeyoncéのOn the Run Tourと歌舞伎に共通する“逸脱の美学”|ボニー&クライドから考える

    なぜ人は“危険な恋”を物語化してしまうのか?

    はじめに

    BeyoncéとJay-ZのOn the Run Tourの写真をInstagramなどで見たとき、私は少しショックを受けました。

    ソロデビューした頃のBeyoncéには、どちらかというと上品なイメージを持っていたからです。それなのに、目出し帽のようなものをかぶっている。

    「何でこんな格好をしているんだろう?」

    正直、少し怖かったのです。

    BeyoncéとJay-Zには、以前からボニー&クライドを題材にしたコラボ曲があります。ただ、私は犯罪者である二人に憧れる感覚が、よく分かりませんでした。映画『俺たちに明日はない』も観たことがありませんでした。

    On the Run Tourのビジュアルも、ボニー&クライドを思わせるものでした。顔を隠して寄り添う二人は、恋人というより逃亡者のように見えます。

    でも、考えてみると、日本の歌舞伎にも、罪を犯した人物が登場する作品があります。

    私が知っていた八百屋お七も、その一人です。

    そういえば、日本にも似た描き方があるじゃん。

    歌舞伎には、盗賊や放火事件にまつわる人物、社会の決まりに阻まれた恋人たちを題材にした作品があります。現実では悲惨な出来事であっても、舞台では衣装や台詞、役者の演技によって、観客を惹きつける物語になります。

    なぜ、現実では許されない行為や悲劇が、芸術作品の中では魅力的に見えるのでしょうか。

    この記事では、ボニー&クライドと、歌舞伎・浄瑠璃の『曽根崎心中』『白浪五人男』、八百屋お七の物語を比べながら、On the Run Tourの演出について考えてみます。

    Beyoncéが歌舞伎から影響を受けたという話ではありません。異なる文化の作品に、私が似た面白さを感じた理由を探っていきます。


    第1章:ボニー&クライド――映画が広めた“逃亡する恋人たち”

    ボニー・パーカーとクライド・バロウは、1930年代のアメリカに実在した犯罪者カップルです。

    大恐慌の時代、二人は仲間たちと強盗や逃亡を繰り返しました。警察に追われながら各地を移動し、1934年には警察の待ち伏せによって命を落としています。

    現実の彼らは、決してロマンチックな存在ではありません。

    銀行だけでなく小さな商店なども襲い、犯罪の過程では人命も奪われました。ボニー&クライドの物語を考えるとき、こうした被害を忘れるわけにはいきません。

    ところが、1967年に公開された映画『Bonnie and Clyde』(邦題『俺たちに明日はない』)では、二人は若い恋人同士のアウトローとして、スタイリッシュに描かれています。

    この映画では、大恐慌下の社会や銀行への反発を背景に、逃亡を続ける二人の関係が描かれています。犯罪の史実だけでなく、恋人たちの物語としても知られる作品です。

    映画が描く二人の姿と現実の犯罪者としての姿は、同じではないのだと思います。

    そして、このように現実の人物や事件を舞台・物語の中で魅力的に見せることは、日本でも行われてきました。


    第2章:『曽根崎心中』――許されない恋が物語になる

    まず、日本の浄瑠璃から見てみましょう。

    『曽根崎心中』は、1703年に近松門左衛門が発表した作品です。実際に起きた心中事件を題材にしています。

    主人公は、醤油屋の手代・徳兵衛と、遊女のお初です。

    二人は愛し合っていますが、徳兵衛は金銭をめぐる裏切りによって追い詰められていきます。将来への望みを失った二人は、この世でかなわない結びつきを死後に託そうとします。

    現代の感覚で読んでも、かなり重い物語です。

    『曽根崎心中』以後、心中を題材にした作品が次々と作られました。しかし、心中物の流行は社会問題とも関わり、1722年(享保7年)には幕府によって心中物が禁止されています。

    『曽根崎心中』は、ボニー&クライドのように強盗や逃亡を繰り返す人物の物語ではありません。描かれているのは、社会の中で行き場を失った恋人たちの悲劇です。

    それでも、二人の関係が観客の心を動かす物語として描かれている点は興味深いと思います。

    現実の悲劇と、それを題材にした作品を、私たちは必ずしも同じようには受け止めません。

    では、もっと直接的に、犯罪者を魅力的に描く歌舞伎はどうでしょうか。


    第3章:『白浪五人男』――盗賊なのに、なぜ格好いい?

    『白浪五人男』は、五人の盗賊たちを描いた歌舞伎作品です。

    正式な外題は『青砥稿花紅彩画あおとぞうし はなの にしきえ』。河竹黙阿弥による幕末の作品で、1862年に初演されました。

    中でも有名なのが、弁天小僧菊之助です。

    弁天小僧は武家娘に女装して呉服屋に入り、店をゆすろうとします。しかし、正体を見破られると態度を一変させ、あの有名な台詞を口にします。

    「知らざあ言って聞かせやしょう」

    歌舞伎を知らない人でも、一度は耳にしたことがあるかもしれません。

    ここで面白いのは、弁天小僧が悪事を働く人物でありながら、舞台では実に格好よく見えることです。

    華やかな衣装、七五調の台詞、見得を切る姿。盗賊たちの名乗りにも、思わず見入ってしまうような華があります。

    もちろん、現実に盗賊が店をゆすっていたら、格好いいなどとは言っていられません。

    けれど、歌舞伎では、その人物がどのように話し、どのような姿を見せるかも、大きな見どころになります。

    私はここに、映画で描かれたボニー&クライドと似た面白さを感じます。

    犯罪者を肯定しているから魅力的なのではなく、衣装や台詞、演技によって、物語の中の人物として惹きつけられるのではないでしょうか。


    第4章:八百屋お七――罪を犯した少女は、どう描かれたのか

    \恋の炎が燃え上がる🔥/
    恋ゆえに、火付けの大罪を犯した八百屋お七。
    『伊達娘恋緋鹿子』では、恋人の吉三郎の窮地を救うため、閉じられた木戸を開こうと半鐘を打つ、という趣向になっています。人形遣いが姿を見せずに櫓を登る場面は必見です❗️
    いよいよ千穐楽、最後の最後までお楽しみください✨ pic.twitter.com/79opuLQbvG

    — 国立文楽劇場(大阪・日本橋) (@nbt_osaka) January 22, 2024

    そして、私が歌舞伎との共通点を考えるきっかけになった人物が、八百屋お七です。

    お七は、江戸時代の放火事件にまつわる女性として知られています。

    同時代の記録から確認できるのは、「駒込のお七」と呼ばれる女性の放火と処罰に関する限られた事柄です。恋人に会うために火をつけたという有名な物語は、井原西鶴の『好色五人女』などの文学作品を通じて知られるようになりました。

    その後、お七の物語は浄瑠璃や歌舞伎でも取り上げられ、さまざまに脚色されていきます。

    特に興味深いのが、「櫓のお七」です。

    この物語では、お七自身が放火するのではありません。恋人の吉三郎を救うため、閉じられた木戸を開こうと、火事でもないのに火の見櫓に登り、半鐘を打ち鳴らします。

    半鐘は火事を知らせるためのものです。それを火事でもないのに鳴らすのは、許される行為ではありません。

    それでも舞台では、恋人を助けようとするお七の必死な姿が描かれます。

    同じ八百屋お七という人物を題材にしていても、史実として確認できることと、後に作られた物語では内容が異なります。

    放火事件にまつわる人物として知られているお七が、舞台では恋人のために危険を冒す少女として描かれる。その姿を見ると、観客は罪や罰だけでなく、彼女の気持ちにも目を向けることになります。

    もちろん、だからといって危険な行為が正当化されるわけではありません。

    それでも、何を中心に描くかによって、人物の見え方は大きく変わるのだと思います。


    第5章:On the Run Tour――現代の舞台に現れた逃亡者たち

    ここで、BeyoncéとJay-ZのOn the Run Tourに戻りましょう。

    2014年に開催されたこのツアーでは、ボニー&クライドを思わせる、犯罪映画のようなビジュアルや演出が使われました。

    特に印象的なのが、二人が黒いスキーマスクで顔を覆い、抱き合う姿を使ったツアーのポスターです。

    顔を隠した二人は、普段の華やかなBeyoncéとJay-Zとは違って見えます。まるで、何かから逃げている恋人たちのようです。

    二人には、2002年のコラボ曲「'03 Bonnie & Clyde」があります。さらに、2013年には「Part II (On the Run)」も発表しています。

    こうした楽曲を知ると、ツアーで使われた逃亡者のイメージにも、つながりを見つけられます。

    2018年のOn the Run II Tourでも、Beyoncéはメッシュ状のフェイスカバーや、顔の一部を覆う装飾的なマスクを着用していました。

    2014年の黒いスキーマスクと比べると、私には2018年の衣装のほうが、ファッションとしての華やかさを強く感じさせます。

    ただし、2018年のマスクが2014年の犯罪者イメージを引き継ぐ意図で使われたのかどうかは、今回確認した資料からは分かりません。

    ここで注目したいのは、On the Run Tourが犯罪者のイメージだけを見せていたわけではないことです。

    BeyoncéとJay-Zの楽曲には、愛や忠誠、成功、夫婦関係など、さまざまなテーマがあります。ツアーでは、そうした楽曲と、危険な逃亡者を思わせる演出が同じ舞台に登場しました。

    私には、そこが面白く感じられます。

    二人は実際に逃亡しているわけではありません。犯罪者のような姿を借りながら、観客に一つの物語を見せているのです。

    それは、『白浪五人男』の盗賊たちが華やかな衣装と台詞で観客を惹きつけたり、八百屋お七が舞台で悲劇の主人公として描かれたりすることと、どこか似ているように思います。


    結論:なぜ“逸脱”は美しく見えるのか

    現実の犯罪や悲劇には、被害を受けた人々の苦しみがあります。それは、物語の中で人物がどれほど魅力的に描かれていても変わりません。

    それでも私たちは、映画や舞台の中で、社会の決まりから外れた人物に惹きつけられることがあります。

    『白浪五人男』では、盗賊たちの衣装や台詞が見どころになります。八百屋お七の物語では、恋人を思う少女の姿に目が向けられます。そしてOn the Run Tourでは、BeyoncéとJay-Zが逃亡者を思わせる姿で観客の前に現れました。

    もちろん、これらは時代も文化も、描いている人物も異なります。

    けれど、現実では危険な行為や悲劇であっても、衣装や演技、物語の描き方によって、観客の目に違ったものとして映る。その点に、私は共通する面白さを感じました。

    最初にBeyoncéの覆面姿を見たときは、なぜこんな格好をするのか理解できませんでした。

    でも、ボニー&クライドや歌舞伎の作品を考えるうちに、少し見方が変わりました。

    私は犯罪者に憧れていたわけではありません。惹かれていたのは、危険な人物や出来事を、魅力的な舞台や物語として見せる表現だったのかもしれません。

    歌舞伎とBeyoncéが、同じことを意図しているとは限りません。

    それでも、遠く離れた文化の中に似た面白さを見つけられる。

    あの覆面姿への戸惑いから、そんな発見につながるとは思いませんでした。



    参考資料

    ボニー&クライド・映画『俺たちに明日はない』

    ・Federal Bureau of Investigation(FBI)「The FBI and the American Gangster, 1924–1938」
    1930年代のアメリカにおける犯罪集団の活動と、1934年のボニー&クライドの最期に関する公式解説。

    ・Federal Bureau of Investigation(FBI)「FBI 100: Famous Cases — Bonnie and Clyde」
    ボニー&クライドの実際の犯罪活動と、後に映画などで広まったロマンチックな人物像との違いを説明した資料。

    Beyoncé・Jay-Z『On the Run Tour』

    ・CBS News(2014年4月28日)「Beyonce, Jay Z announce "On The Run" joint summer tour」
    2014年の共同ツアー発表と、公式サイト・SNSでの告知に関する当時の報道。

    ・Us Weekly/Madeline Boardman(2014年4月28日)「Beyonce, Jay Z Announce On the Run Tour for Summer 2014」
    黒いスキーマスク姿のツアーポスター、2002年の「'03 Bonnie & Clyde」、2013年の「Part II (On the Run)」との関係についての同時代報道。

    ・Vogue(2018年)「Beyonce and Jay-Z On the Run II Opening Night by Gucci and LaQuan Smith」
    2018年のOn the Run II Tourにおける、装飾的なフェイスマスクや網状の覆面を含む衣装についての報道。

    『曽根崎心中』・心中物

    ・日本芸術文化振興会「曽根崎心中」文化デジタルライブラリー
    1703年の初演、近松門左衛門による作品の成立、実際の事件との関係についての公式解説。

    ・日本芸術文化振興会「心中物」文化デジタルライブラリー・歌舞伎事典
    心中物の流行と、1722年(享保7年)の禁止令についての解説。

    『白浪五人男』

    ・日本芸術文化振興会「青砥稿花紅彩画」文化デジタルライブラリー
    河竹黙阿弥による作品の成立、1862年の初演、弁天小僧菊之助をはじめとする登場人物についての公式解説。

    ・日本芸術文化振興会「青砥稿花紅彩画」ユネスコ無形文化遺産 歌舞伎への誘い
    弁天小僧の名乗り台詞、七五調の言葉、演技の型など、舞台の見どころについての解説。

    八百屋お七・『櫓のお七』

    ・日本芸術文化振興会「お七」文化デジタルライブラリー・歌舞伎事典
    八百屋お七を題材とした歌舞伎の人物像と、後世の作品で描かれた恋愛物語についての解説。

    ・日本芸術文化振興会「歌舞伎舞踊」文化デジタルライブラリー
    『櫓のお七』の演目と、井原西鶴『好色五人女』から後世の舞台作品へと広がった物語についての解説。

    ・国立国会図書館「レファレンス協同データベース:伊達娘恋緋鹿子について知りたい。」
    『伊達娘恋緋鹿子』の成立と、お七が恋人を救うため火の見櫓に登る場面について、参考文献を整理した調査回答。

    ・国立文楽劇場(2024年1月22日)公式X投稿
    『伊達娘恋緋鹿子』で、お七が恋人の吉三郎を救うために半鐘を打つ場面についての公演紹介。


    ※本記事は、史実や作品内容を参考にしながら、Beyoncéの舞台演出と歌舞伎・浄瑠璃を筆者の視点で比較した考察です。両者に直接の影響関係があると主張するものではありません。また、ボニー&クライドや八百屋お七については、歴史上の人物・事件と、後世の映画や舞台で描かれた人物像を区別しています。


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    ▼『歌舞伎とビヨンセ①』ビヨンセのコンサートは現代の歌舞伎なのか?


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    Beyoncé、日本の歴史や文化、人の心や社会など、気になったことを調べて書いています。 「知るとちょっと見え方が変わる」読み物を。 憲法用語を擬人化した物語『憲法王国』も連載中です。 リンク集🔗https://lit.link/tsukinagi_moon

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