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【歴史小説】寧らかの波 最終章(1)「せめて自分だけでも、人と人との縁を慈しみながら生きてゆきたい」

    ここまでのあらすじ

     16世紀。
     異国の血を引き、剣術「陰かげの流りゅう」を受け継いだ少年・楠葉入鹿くすばいるかは、美貌の明国人みんこくじん・宋素卿そうそけいと出会い、南海に「境界に生きる者たちの国」を作るため共闘を誓う。
     日本の細川ほそかわ京兆家けいちょうけ・明国の宦官かんがんと通じている素卿は、勘合かんごう貿易の莫大な利を守るために行動するが、対立する大内おおうち氏から刺客を送られ、入鹿は彼らと激闘を繰り返す。
     第二の故郷である南海の臥蛇島がじゃじまを、元の仲間である中林なかばやし孫太郎まごたろうにより焼き払われた素卿たちは、大内の遣明船けんみんせんを追いかけて大陸の港都・寧波ねいはへと向かう。
     大内方の狂僧・謙道宗設けんどうそうせつは、朝貢使歓迎の宴を襲撃し寧波の町を焼き払う。明の官吏・朱子純しゅしじゅん、武人・愈志輔ゆしほと手を結んだ入鹿は、異形の巨人・神代こうじろ源太郎げんたろうをどうにか討ち取り、寧波を脱出した素卿を追いかけて 紹興府しょうこうふへ向かうが…
     他に類を見ない壮大な歴史絵巻が、ついにフィナーレを迎える!

    本編

    最終章

         一

     紹興への道すがら、どんどん夜が深くなっていった。
     行く先々の村に火が掛けられ、惨殺された村人たちの骸むくろが転がっていた。
     目を背けたくなる光景だったが、おかげで連中のあとを見失わず追いかけてゆくことができた。
    「すまない」
     と、入鹿は馬上で口にしていた。
    「何を謝っちょる」
    「大内方の連中が、明国の人々に対してやったことだろう」
     手綱を波打たせながら、朱子純はちょっと考えを巡らせるような目つきをしていた。
    「そいは要するにあれか、ぬしと同じ国のもんがやったことじゃけん、というわけか」
     入鹿は小さくうなずいてみせた。
    「大内のもんらは、ぬしゃらの敵じゃあないんか」
     それはそうだが、という思いで、口元を歪めてみせた。
    「そがいな顔つきをしとっても、ぬしの中身はやっぱし倭人じゃの。おいたちはまず感じんことじゃ。こんだけたくさん人間がおったらの、そいつら一人一人のすること全部に、いちいち感じ入っておられんばい。そがいな身がもたんわ。それにの、謙道宗設、あれはもともと中華の人間じゃ」
    「確か、そう話していたな」
    「北方の生まれと吹聴していたが、本当は幼くして、寧波から順天府じゅんてんふへ売られていったらしい。それから倭へ渡り、禅寺へ入ったんじゃろう。そこまでの調べはついとる」
     だとすれば、宗設と素卿の素性はほとんど変わらない、ということになる。
     似た者同士の二人が、時を経て故郷へ帰り、それぞれ異国の大名の名のもとに、殺し合いを演じているのだ。
     朱子純は、途中の駅で宿直とのいの役人を怒鳴りつけ、馬を替えさせた。
     二度そうしたあとで、川沿いの路傍に見つけた小屋へ転がり込み、しばらく休息を取った。入鹿も革袋の水と干し肉を分けてもらい、貪るように飲み食いした。
    「紹興へは、先に使いを走らせとる。奴らが待ち受け取とるなら、そこで挟み撃ちたい」
     ささくれた木の床で足を伸ばしながら、愈志輔が何事か話しかけてきた。むろん漢語なのでわからない。さして疲れもしないのか、虎髭の頬に邪気のない笑みを浮かべている。
    「何と言っている」
     入鹿は、朽ちかけた椅子に腰かけている朱子純の方へ顔を向けた。
    「『ぬしの兵法は、信じられないくらいすごいの』と話しちょる」
     若い男は、官吏の言葉にふんふんとうなずいてみせている。
    「『おいは福建ふっけんの生まれじゃが、紹興の王陽明おうようめい先生のところへ弟子入りして、剣術を学んだ。先生は、七年前に福建で起きた反乱を民兵で鎮圧し、四年前にも皇族の寧王ねいおうの反乱をあっちゅう間に平定した名将なんじゃ』と」
    「へえ」
     そんな人物がいるとは、やっぱり中華は広い、と入鹿は疲れた頭で感じ入った。
    「『じゃっどん、倭人の刀術はまるで違う。刀の鋭さからして違うし、その扱い方に長けちょる。おはんはそん中でも、指折りの使い手じゃ。王先生の門下で並ぶ者のなかった天才のおいと、対等に張り合いよるんじゃから、そいは間違いなか』」
    「そいつは、ありがとうよ」
    「『できるなら、おはんの刀術を教授してもらいたい。おいがすぐ身につけられるとは思わんが、どういう考えであの動きを繰り出しとるのか、その仕組みが知りたかと』」
    「ああ、この面倒事が片付いたらな」
     入鹿が微笑むと、厚ぼったい手を差し出してきたので握り合った。
     息は山蒜のぴる臭くてかなわないが、黒目がちの瞳はきらきらと輝いている。よく喋る、人懐っこい男なのだ。そして尽きることない元気がある。
    「ちょいと落ち着いたら、もう出発するばい」
     朱子純は、官人たる使命の権化のように、そう言い放った。
     月明かりが冴えていた。
     互いの馬影しか見えない街道を、ひたすらに駆けてゆきながら、入鹿は考えていた。
     このあまりにも広い世界のただ中に、点々と人間が生きている。
     それはちょうど、砂浜に時々交じっている、透き通った色つきの玉みたいなものだ。
     それぞれ出会うことも稀で、たまたま言葉を交わし、互いのことを知った時には、縁、ということを信じたくもなる。
     にもかかわらず、人間同士はしばしば憎み合い、殺し合うに至る。
     一体何がそうさせるのか。
     そうさせてしまう力は、一体どこからやってくる。
     もしできるならば、もうそのようなことはしたくない。人間の世の中が、それを避けられないと言うのならば、せめて自分だけでも、人と人との縁を慈しみながら生きてゆきたい。
     この戦いが終わったら、きっと。

    ~(2)へ続く

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