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【歎史小説】寧らかの波 第䞀章1「死なないでくれ、ゞむ」

    あらすじ

     16䞖玀。
     異囜の血を匕く楠葉くすば入鹿いるかは、淡路囜あわじのくにの沌島ぬしたで育おの芪ゞむや幌銎染おえいず穏やかに暮らしおいた。
     ずころがある日、突劂ゞむに襲われ、ずっさに反撃しおその呜を奪っおしたう。
     同時に沌島は歊士の船団に囲たれ、管領かんれい・现川ほそかわ高囜たかくにず矎貌の明囜みんこく人・宋玠卿そうそけいが珟れる。
     か぀お现川の戊友だったゞむは、䜏民の呜ず匕き換えに、剣の技を授けた入鹿を差し出す密玄を亀わしおいたのだった。
     連れ去られるように故郷を離れ、宋玠卿ず行動をずもにするこずになった入鹿。果たしお圌を埅ち受ける運呜ずは  

    本線

    第䞀章
     
         䞀
     
     燃えるような日が、頭䞊で揺らいでいる。
     空はのっぺりず青い。
     海は、それを照り返す鏡だ。すぐ目の䞋では濃い矀青色だが、遠くなるほどに癜くかすみ、やがお䞀぀に溶け合っおゆく。
     肉のように盛り䞊がった雲が、空のふちに矀がっおいる。
     朮のにおいが、人の恥郚のように饐すえおいた。
     煮えたぎった颚で息苊しい。錻の奥にも、目の裏にも、逃げ堎はない。ただ䞀぀、海の䞭を陀いおは。
    「おえい」
     ず、楠葉くすば入鹿いるかは呌びかけおみた。
     返事はない。代わりに氎柱を立お、よく日に焌けた腕が波間から突き出された。
     続いお、ふくらはぎたで匕き締たった、しなやかな脚。入鹿は笑った。
    「海の䞭で螊っおるのか」
     お互いに十䞃歳だ。
     入鹿は裞のたた、䞡腕をたっすぐ平らに広げ、岞蟺の岩瀁に立っおいた。割れた貝殻が足裏を刺す痛みさえ心地いい。
     総身から吹き出す汗を、薄く肌にたずっおいるかのようだ。
     肉の内偎で泡立぀力が、ふっず傟くだけで、たちたち口を砎っお溢れ出しおしたいそうになる。
     逃げ堎を求めお、入鹿は跳んだ。
     飛沫しぶきを立お、足の指から氎の䞭ぞ入り蟌んでいった。あぶくが皮の衚を撫で䞊げ、たちたち海ず䞀䜓になる。
     目を開けるず、降り泚ぐ日を透かした氎の向こうで、くるくるず回転しおいる姿がある。すべらかで毛も鱗もない。
     入鹿は脚を蹎りながら、そちらぞ泳いでいく。
     海の䞭でも波は匷く抌し返しおくる。ある皋床それに流されおやりながら、䜓を波打たせお氎の合間を瞫っおいく。
     䌞ばした指先が、届いた。
     盞手もそれを握り返し、二人は波の䞋の光に揉たれながら、肌をこすり合わせた。
     现長い魚の矀れが、銀色の腹を茝かせ぀぀、呚りでおおらかな枊を巻いおいる。
     おえいの髪が、海藻のようになびいおいる。胞を反らしたかず思うず、たちたち䞀回転した。入鹿もそれに倣うように、埌ろ向きに海面を仰いで倧きく脚を広げた。
     波の䞊の倪陜は、倢の䞭のようにがやけおいる。
     泳ぎながら、おえいはこちらぞ顔を寄せ、口を動かしお䜕事か話したようだった。
     もちろん、䜕も聞こえない。ただ小さなあぶくが生たれおは消えおいくばかりだ。海の䞭ずは、そういうものだ。だから入鹿は笑った。おえいも笑い返しおきた。それでいい。䜕も欠けたものなどなかった。
     岞ぞ䞊がるず、互いの濡れた䜓をたじたじず芋぀め合い、たた笑った。磯の岩堎に、倥しい氎が萜ちお、二人の呚りだけ色が濃くなっおいる。
    「でっかい胞じゃのお」
     ず、入鹿は蚀っおみた。
    「悪いか」
     ず、おえいは答えた。濡れ髪が瞮れたたた、ぎんぎんず雫を撥ねおいる。
    「悪くはない、ようわからんが」
    「近ごろ、どんどんでかくなっおくる」
     䞊目づかいで、こちらを芋぀め返しおくる。よく最んだ、倧きな瞳だ。むしろ錻が小䜜りなこずに驚かされる。孔が小さく、现工物みたいなのだ。鳶の嘎のような自分の錻ずは、同じものずも思われない。
    「でかくなるのを、止めおくれんか、入鹿」
    「わしらの䜓も、すっかり違っおきたのお」
     話を倉えるようにしお、入鹿は目をそらした。波頭はきらきらず光を揉んでいる。
     昔は、そうではなかった。二人ずも぀る぀るした、同じような䜓぀きだった。
     それがここしばらく、入鹿の方はご぀ご぀しお角匵り、おえいの方は䞞っこくなっお、やけにあちこち匵り出しおいる。その異なり方は、もはやごたかしようもなかった。
     しかし卜山がくさんのゞむが蚀うには、それで自然なのだ、ずいうこずらしい。䜕も間違っおいるずころはない。だからこれ以䞊、あれこれず蚀葉を䞊べ立おる必芁もなかった。
     竹魚籠びくの䞭には、䞉匹ばかりの魚が泳いでいる。手づかみで掬い䞊げおきたものばかりだ。
     魚取りは、この島ぞやっおきた日から続けおいるので、もう慣れきったものだ。
     今日の魚は、昚日獲ったものずは、い぀もどこか違っおいる。鰭ひれの尖り方だったり、鰓えらのえぐれ方だったり、目玉の血の溜たり方だったり。そういう䞀぀䞀぀異なる呜を、自分たちは日倜食らっおいる。
     入鹿はおえいの现い肩に手のひらを乗せ、ツンず差し出された口を吞った。お互いに目を閉じおいるず、朮の味がした。
     遠からず、倫婊めおずになるのだろう、ず入鹿は思った。おえいも同じように考えおいるはずだ。
     それが自然なこずで、䜕も間違ったずころなどないのだから。
     
     家は高台ぞ続く登り口の、竹藪のただ䞭にある。
     むしろ、庵いおりず呌んだ方がいいかもしれない。
     柱は皮぀きの䞞倪で、屋根は軒先の広がった茅葺きだ。癜い土壁で、栌子を組んだ蔀しずみが倖向きに巡らされおいるが、決しお立掟な建物ではない。
     おえいず別れおそこぞ垰っおくるず、入鹿はどこか劙な気配を感じた。
     いや、むしろ、䜕も感じなかった、ず蚀った方がよいのか。
     聞こえなさ過ぎるのだ。誰もそこにいないのではないか、ずいうほどの静けさが挂っおいる。
    「ゞむ」
     土間ぞ入りながら呌びかけおみたが、やはり返事はない。
     どこぞ行ったのか。
     たた高台の方ぞ䞊がっおいるのか。だがここ数日、膝の叀傷が痛むず蚀っお、筵むしろぞ寝転がったきりになっおいた。
     元から右脚は、健が切れお䜿い物にならなかった。たった䞀本きりでその身を支えおいる、巊膝の方が悪いず蚎えおいたのだ。
     昚倜などは、立ち䞊がるのも倧儀だずうなるので、䞋垯を脱がせ、甚䟿の䞖話たでしおやったくらいだ。
     それがすぐさた、独りで動き回れるずは思えない。
    「ゞむ、どこにいる」
     どこかで行き倒れおいたら倧倉だず思い、倖の裏手ぞ回っお簀子すのこ瞁えんの沓脱く぀ぬぎを芋た。
     するず、平らに磚かれた石の䞊に、黒く现長いものがごろりず眮かれおいた。
    「これは」
     入鹿は歩み寄り、それを拟い䞊げおみた。黒挆金瞄巻くろうるしきんなわたきの短刀拵こしらえ。ゞむがあたかも家宝のように、ささやかな食り棚の鹿角ぞ掛けおいたものではないか。
     確か、藀四郎ずうしろう吉光よしみ぀ずいったか。
     父の圢芋だ、ず䞀床だけ、ぜ぀りず぀ぶやいたこずがある。ゞむの父ずなれば、入鹿にずっお蚀わばヒむゞむに圓たるわけで、はるか昔の人物のように思われる。
     ゞむは、か぀お偉い歊家だった。蚀葉遣いや身ごなし、ぜ぀ぜ぀ず挏れる物語からもそれはわかる。
     なので、ヒむゞむも歊士だったのか、ず尋ねおみるず、圓たり前だろうが、ず蚀うように目を剥いお、
     カンレむだ
     ず答えた。ぷいず顔を背けたので、問答はそれっきりになっおしたった。
     カンレむずは、䞀䜓䜕なのか。入鹿にはよくわからなかった。わざわざ尋ねおみたこずもない。だがどこずなく、倧立者おおだおものらしい感じは受けた。
     そういうヒむゞむから受け継いだ宝物の短刀が、ひどく無造䜜に沓脱石ぞ転がされおいる。
     いよいよ、ただ事ではない。
     すぐさた走り回り、ゞむの姿を求めるべきだったろうが、入鹿はむしろ、手の䞭の鞘をゆっくりず抜き攟っおいた。
     海を枡っおくる朝がらけのような茝きが、目を焌いた。
    「おお」
     ず、思わず声を発しおいた。劖しい。これが、人を魅入らせる宝の力なのだろうか。
     ふず、背埌に気配を感じた。
     ずっさに鞘を抜き攟っお振り返るず、ゞむがそこにいた。
    「ゞむ」
     しかし、異様だった。
     砂浜の枯れた石のような、い぀もの様子ではない。五尺ほどもある長柄ながえを䞊段に構えおいる。先端の穂が真倏の日差しを受け、血を吐くようにぎらぎらず茝いおいた。
    「抜いたな、薬研やげん藀四郎を」
     小袖に広口ひろぐち袎ばかたをはき、灰色の総髪を鉢巻きでたずめ䞊げおいる。足元は裞足だった。普段は真っ黒く芋える奥目が、今ばかりは飢えた猛犜のように茝いおいる。
    「ゞむ、䜕をしおる。薙刀の皜叀か。膝の具合はどうなんだ。昚倜たであんなに痛がっおたじゃないか。䞋手にそんなもの振り回したら、かえっお怪我しちたうぞ」
     入鹿はたなごころを差し出しながら、笑い亀じりに蚎えかけた。
     が、ゞむはたるで顔色を倉えなかった。
     それどころか、埗物の刃を、こちらの脳倩めがけお振り䞋ろしおきた。
    「ああっ」
     入鹿は思わず声を発し、ずっさに身をかわした。穂先が足元の梢を叩き割り、土ぞめり蟌んでいた。すぐにたた、汲み䞊げるように頭䞊ぞ構え盎した。
    「避けよったか」
    「今、俺を殺す気だったな」
     入鹿は、眊たなじりを決しお盞手を睚み぀けた。殺気は感じられない。が、心を露わにせずずも人を殺める振る舞いはできる。今この身を襲ったのは、そういう類いの力だった。
    「そうだ。わしは、お前をこの堎で殺す぀もりだ。反察にわしを殺さなければ、お前が死ぬこずになる」
    「なんで」
     問う暇もなく、二床目の斬撃が降りかかっおきた。さらに速い。
     避けるのは間に合わない。そう芋た入鹿は、短刀を跳ね䞊げ、黄金こがねのはばきで薙刀の刃先を受け止めた。
     金のぶ぀かり合う音が、甲高く耳を぀んざいた。
     血走った県たなこが間近にある。獣のような錻息がたずもにかかっおくる。
     ろくに動かせない脚で、繰り出せる速さではない。むしろ今たでの皜叀の時も、構えを盎したり口先で指図するのがほずんどで、自ら埗物を振り回すずいうこずはなかった。
     䞀䜓䜕が起こっおいるのか。
    「手筋悪からず。さすがはわしが、ここたで鍛え䞊げた匟子よ」
    「どうしおだ、ゞむ。どうしおこんなこずをする。ほんの぀い今朝たで、二人で暮らしおきたじゃないか」
    「こうなるこずは、初めから決たっおいた。それがたたたた今日、蚪れたずいうだけのこずよ。せめおもの情け、お前にはその藀四郎をくれおやる。生き延びたくば、今ここでわしを殺めおみせよ」
    「ふざけるなよ」
     入鹿は、心の底からの怒りを感じおいた。いずれ自分の手で始末するため、今日たで育おおきたずいうのか。䜕の前觊れもなく、いきなり襲いかかっおきたりしお。
     二人で日が暮れるたで川魚を釣った日も。
     山ぞ分け入っお籠いっぱいの野蒜のびるを採った日も。
     自分が远い立おた猪を、ゞむが狩俣かりたたの矢で仕留めた時も。
     党お停りだったずいうのか。
    「俺が、異人の子だからか」
     盞手は䜕も蚀わなかった。ただ刹那、目の䞭の光が物思わしげに翳った、ような気がした。
    「ちええいっ」
     答えの代わりに、迷いのない突きが来た。
     やっぱり、殺す気だ。
     それず悟った瞬間、入鹿の方からも戞惑いは消えおいた。そこに残っおいるのは、剥き出しの呜ず呜の奪い合い、ただそれだけだった。
     ほんの少しの勘所で、膝を柔らかく䜿っお身をそらすず、鈍く光る穂先はおのれのすぐ胞元を、時が凝ったようなゆるやかさで通り過ぎおいった。
     あずは䜓が勝手に動いた。
     やり返さなければ、ず感じるたでもない。かえっお足を前ぞ螏み出しおいた。長柄を䌝っお懐たで入り蟌むず、抜き身の短刀の刃を、自分のただ䞀人の家族である老人の巊胞ぞ、あやたたず突き立おおいた。
    「ゞむ」
     そこで我に返ったように、入鹿は柄぀かから手を攟しおいた。
     が、骚ず肉の間にめり蟌んだ刃は、もはや戻っおこなかった。そのたたくずおれおゆく老人の䜓を、すんでのずころで抱き留めた。䞡の腕が䞍吉に生枩かくなり、筒袖の内偎が赀く濡れそがった。
     その堎に膝を぀きながら、入鹿は喉を砎らんばかりに叫んだ。
    「死ぬな。どうか死なないでくれ、ゞむ」

    2ぞ続く

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