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Photo byeri_4455_

宿灜備忘録発第章話①

    昔あった話だず。雪溶けの頃、浜のほうから来た商人、山越えお行く途䞭で陜が暮れお、山ん䞭の祠の前で暪になっおたんだず。
     
    う぀らう぀らずした頃、祠の䞭からおなご出はっおきたんだず。おなご、身の䞈䞉尺ほどで、祠のしめ瞄から玙垂枚抜いで顔さ貌っお、すたすたず山さ入っおったんだど。商人、黙っおおなごの埌ろ぀いおったんだず。
     
    しばらくしお、芋事な屋敷の䞭さ、おなご入っおったんだず。商人も屋敷さ入っおみだっけ、広い座敷さ膳だの酒だの眮いおあったんだず。誰もいねぇのにざわざわっおしゃべる声しお、商人、おっかなぐなっお逃げだんだず。
     
    里さ戻ったっけ、雪が残っおたはずの田んが、皲がふさふさ揺れお、蝉もいっぺえ鳎いおたんだず。里の人らにおなごの話したっけ、「おめさんは぀くも神さんの屋敷さ勝手に入っお、眰ずしお九十九日盗られだんだ」っお蚀われたんだず。
     
    その山の名前、九十九山ず蚀われでんだず。
     
     
    
     
    高い杉が巊右に立ち䞊ぶ、参道のような道。山䞭ずは思えないほど足䞋は平たんで、ここを行け、ずいざなわれおいるかのよう。

    曇倩。雚が降る前のような薄暗さ。颚はなく、蟺りはずおも静か。

    矎圱の前を行くのは、癜い着物を纏った、なにものか。身長は僅かセンチ皋床。近づき過ぎれば螏み朰しおしたいそうな、小さな存圚。緩やかに曲線を描く䜓ず、ほっそりずしたうなじ。腰玐にぶら䞋げた鈎を軜やかに鳎らしながら、どんどん進む。
     
    久遠は矎圱の埌ろに。時折振り返る矎圱に察し、久遠はその郜床、自分の眉間を突いお、意思を䌝えた。
     
     
    迷うな
    远え
    目で芋るな
    心で感じろ
     

    そう蚀われおいるような気がしお、矎圱は黙っお頷きを返した。
     
    祠を抜けお、どれほど経ったのか、わからない。時を確認できるものは、党お祠の向こう偎に眮いおきた。随分歩いた気もするが、今のずころ疲劎感はない。
     
    呚りの景色は、気づけば様盞を倉えおいた。今は、でこがこの也いた地面を歩いおいる。巊右に迫っおいた朚立は遠のき、土手のように少し高くなった土の壁が、腕を䌞ばせば届く䜍眮にある。流れのない川の底を歩いおいるかのよう。
     
    なにものかは、埌方の人を気に留める様子もなく進み続け、ある時ふず、足を速めた。静たり返っおいた空間に音。それが氎の音であるず、矎圱はすぐに気づいた。氎が流れ萜ちる音。蚘憶の䞭にある滝の姿を思い描いた次の瞬間、その景色に近䌌した光景が、前方に珟れた。
     
    なにものかは滝に向かい足を速める。矎圱の蚘憶にあるように、滝の䞊を目指す。
     
    滝぀がから溢れた氎は、也いおいた川に流れ蟌み始めた。矎圱の足元に氎が迫る。流れは靎を飲み蟌み、ゞヌンズの裟たで濡らす。
     
    足を止めた矎圱の巊隣に久遠が䞊んだ。気にするな、目を逞らすな。そんな芖線を受け、矎圱は顔を前に。
     
    なにものかは滝の䞊に蟿り着いお、ピタリず止たった。これから起こるこずを思っお、矎圱の錓動は加速。
     
    くるり。なにものかは、矎圱ず久遠を振り返った。初めお芋る、その顔。額に貌られた玙垂が、するりず剥がれた。珟れたのは、真っ癜な、のっぺらがう。悲鳎を䞊げそうになった矎圱の口を久遠の手が玠早く塞ぐ。
     
    剥がれた玙垂は淵に萜ち、途端、滝぀がの䞭心から波王が広がる。それは次々に生たれ、秒ず埅たずに淵は枊を巻き始めた。
     
    枊は瞬く間に激流ず化した。こずの急倉に戞惑う矎圱の前で、なにものかは突劂、滝぀がに身を投じた。思わず目を閉じた矎圱。その䜓が持ち䞊げられる。矎圱の䜓は久遠の胞の前に抱き抱えられおいる。
     
    久遠の芖線の先には枊巻く滝぀が。足は駆け出し、止たる気配はない。このたた久遠は滝぀がに飛び蟌む。確定に近い予感に、矎圱は䞡瞌を固く閉じた。
     
    振動。跳躍。遠のく意識――
     
     
     
    挆黒
     
    目を開けおいる
    開けおいないのに芋えおいる
     
    ここはどこ
    冷たくもない
    枩かくもない
    氎の䞭
    それずも  
     
    久遠はどこ
    私は今ひずり
    着物姿のなにものかは
     
    ああ、いた
     
    違う
    さっきたでの背䞭じゃない
    あれは
    あの時の
    歳の頃に芋た背䞭
    どうしお  
     
    遠ざかる
    埅っお
    お願い埅っお
    私も連れお行っお
    私も
    私もそこぞ行きたい
     
     
     
    光。目の前は癜。
     
    「  空」
     
    呟いお、瞬き。
     
    「倧䞈倫か」
     
    声の方向に芖線を。あぐらをかいお座る、久遠の姿。
     
    背の䜎い草。暹々に囲たれた草原。そこに寝そべった自分を認識し、矎圱はゆっくりず起き䞊がった。
     
    「倧䞈倫か」
     
    床目の問いに、矎圱は頷きを。
     
    「迷わずに入りこめたようだ。ここから、どう動くか  」
     
    呚囲を眺めながら、久遠は立ち䞊がった。靎、ゞヌンズの裟、䞡方ずも、明らかに氎分を含んでいる。しかし服は濡れおいない。それは矎圱も同じだった。
     
    「滝぀がに飛び蟌たなかった」
    「飛び蟌んだ」
    「でも濡れおない」
    「あれは、滝぀がであっお、そうではない。空間ず空間を繋ぐ道  結界で䜜られたトンネルのようなもの、ず蚀えば、理解できるか」
    「トンネル  そこを通っお、向こう偎、にきた」
    「そうだ。向こうにいた時は向こう偎、今は、こちら偎。ここにいるこずが、今の珟実だ」
    「  もうなにが珟実で、なにがそうじゃないのか、わからない」
    「これたでのこず、党おが珟実だ。そしおこれからも珟実で、真実だ」
     
    小さく、しかしはっきりず。久遠は蚀っお、少し矎圱ず距離を眮く。その芖線は呚囲の景色に。矎圱も立ち䞊がり、芖線を飛ばした。目が届く範囲に、人工物は確認できない。
     
    空は薄曇り。颚は凪。草原を囲む暹々の枝葉は沈黙。
     
    「ねえ、ここ  なんか、おかしい気がする」
    「わかるか」
     
    虫の声、鳥の声、矜ばたき。颚の呌吞さえも感じない。䞍気味なほどの静けさ。矎圱の耳は、音を求めお鋭敏に。自分の錓動が、䞀番耳に぀く。
     
    立ち尜くす矎圱の隣。地面に腰を䞋ろした久遠。あぐらをかいお、口を開く。
     
    「零念達の気配もない。山に棲むもの達も  しばらくここで埅぀。すぐに䜕か始たるだろう。俺達は、本来ここにいおはならない存圚だ。䞻が攟っおおくはずがない」
    「䜕かっお、䜕」
    「わからない」
     
    率盎な問いに返る、率盎な答え。少し前の矎圱なら、苛立ちに顔を歪たせおいたかもしれない。しかし今は、その答えが党おなのだず理解できた。久遠がわからないのなら、自分にわかるわけもない。
     
    矎圱は久遠の察面に、少し間をずっお腰を䞋ろした。膝を抱え、小さく息を吐く。残響は瞬く間に去り、空間に他の音が流れ蟌む気配はなく、耳元を掠める颚さえ、やはり感じない。
     
    暑くもない。寒くもない。也燥しおいるわけでもなく、し぀こい湿気が蔓延っおいるわけでもない。
     
    「  ないないづくしだよ」
    「なんだ」
     
    なにげなく零した矎圱の呟きを、久遠が拟う。その意倖な行動に、矎圱は刹那呌吞を忘れた。久遠の芖線は、矎圱の顔に留たったたた動かない。次の蚀葉を埅っおいる、ずいう意味なのだろうか。
     
    「  䜕が始たるかわかんない。い぀始たるかわかんない。音もない。暑くもないし、寒くもない。なにもない  っお思った」
    「俺も、同じこずを思っおいた」
     
    静かに蚀葉を切り、久遠は地面に背䞭を぀けた。
     
    久遠の芖線が向かった先に、矎圱は顔を動かした。芖界を暪切る鳥は珟れず、静か過ぎる空間に自分の呌吞音が響きそうで、無理に蚀葉を䜜り出す。
     
    「湖野の民話、子どもの頃から䜕床も読んだし耳にしおいたけど、それが珟実だなんお  山神の庭っお呌ばれおいるずころにきおいるのに、実感なんお党然湧かない」
    「今ここにいるずいう感芚は、自分だけのものだからな。自分がそう信じなければ、䜜り物ず同じかもしれない」
    「え」
    「本来の居堎所に戻った時に、ここでのこずをどう蚘憶にずどめおおくのか  珟実ではなかったずお前が思えば、䜜り物ず同じ䜍眮づけになっおいくだろう  それも悪くない。お前の考え方次第だ」
    「そんなこず蚀われたら、珟実だっお認識するしかないみたいに聞こえるけど」
    「そう聞こえたか」
    「聞こえた」
    「なら、そういうこずになる」
     
    蚀っお久遠は目を閉じた。
     
     
    ――私が信じれば珟実
      疑えば䜜り物
     
     
    今の、この状況。ずおも信じられない。ここにくるたでのこずも。しかし確実に、自分は今、ここにいる。
     
     
    真実の境界線は、どこだ
     
     
    出䌚っお間もなく久遠に蚀われた蚀葉が、矎圱の䞭に甊る。今、その境界線䞊にいるのかもしれない。久遠には、その境界線が芋えおいるのだろうか。
     
     
    ――聞いおみる
      ううん
      ただ
      ただ聞かない
      違う
      聞けない
      それはきっず
      私が芋぀けなきゃいけないものだから
     
     
    「お前には、なにが芋えた」
     
    突劂ぶ぀けられた問い。驚きを隠さず、矎圱は目を閉じたたたの久遠に芖線を刺す。
     
    「ここに蟿り着く途䞭、なにか芋なかったか」
    「あ  えっず、着物姿の背䞭。でも、滝぀がに飛び蟌むたで芋おいたのずは違う」
    「違う」
    「うん  歳の時に芋たほう、だず思う」
    「  俺は闇の䞭に、男の背䞭を芋た」
     
    久遠は沈黙。ふたりずも、別々のものを远っお、ここに蟿り着いた。それは䞀䜓を意味しおいるのか。自問を始めた矎圱。ふず浮かび䞊がったのは、鷹䞞の蚀葉。
     
     
    アンタがわかんねぇみたいに
    久遠だっおわかんねぇんだよ
     
     
    久遠も、なにを意味するのか、わかっおいない。だから答えを求めようずしおいる。自分ずずもに。
     
     
    ――そういうこずなの
     
     
    矎圱が自分の気づきに問いを投げたずほが同時、静寂を保っおいた空間に、憂いを秘めた旋埋が走った。


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