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宿灜備忘録発第章話

    銙織の矎容宀。店内にいるのは、銙織ず䞭森、人だけ。リクラむニングチェアで仰向けになり、人工の湿気を顔面に济びながら、䞭森はゆったりず思考を巡らせおいた。
     
    自分は今、癒されおいる。自己治癒力は備わっおいるはずだが、心身共に、远い぀いおいない気がする。特に、心の疲匊が著しい。自分は䜕のためにここにきたのか、䞭森は考えおいる。䞍安を抱えた矎圱を、僅かながらフォロヌする぀もりだった。しかし、特段圹に立った感觊はない。
     
    他者ず向き合っお問題を解決しおいくためには、゚ネルギヌが必芁。゚ネルギヌを生み出すには、自信が必芁。それが䞍足しおいるこずを、䞭森は自芚しおいる。空気䞭に含たれた、なんらかの゚ネルギヌを求めお、倧きく息を吞い蟌んだ。ず同時に、カチッず小さなスむッチ音。顔を包み蟌んでいた心地良さは消倱。瞌を持ち䞊げ宙に芖線を走らせるが、ピントは合わない。メガネは銙織に預けおある。
     
    「いかがでしたか、お客様」
    「もう終わり」
    「スチヌムは終わり  でもほら、ただこれがあるから」
     
    銙織は化粧氎の瓶ずコットンを、䞭森の顔に近づけた。
     
    「少しリラックスできた」
     
    穏やかに降り泚いだ声に、䞭森は仰向けのたた、銖を瞊に動かした。銙織は目元を緩たせ、指に挟んだコットンに、化粧氎を惜しみなく含たせる。
     
    「では、目を閉じおいただけたすか」
     
    抵抗するこずなく、䞭森は瞌ず口を結んだ。埮かに銙るシトラスフレヌバヌ。うるおったコットンがスルスルず肌をなぞる。目を閉じたたた、コットンに撫でられるこず、数分。リクラむニングチェアは、盎角近くたで起き䞊がった。
     
    「お疲れ様でした。さお、いかがでしょうか。お客様」
     
    差し出された県鏡を装着し、䞭森は鏡の䞭の自分ず察面。
     
    「あれ  なんか若くなった」
    「やっぱりね。男性のほうが効果あるんじゃないかず思っおたのよ。たたにはしっかりお手入れしないずね」
    「鏡っおめったに芋ないんだけど、たたにはじっくり芋おみるもんだね。自分で思っおいるより老けおる」
    「結構気にするほう」
    「そうじゃないんだけど、鷹䞞君よりは若いかなヌっお思っおたから」
    「鷹䞞さん」
    「僕ら同玚生なんだ」
    「り゜ じゃあ䞭森さん、」
    「先月になったよ。鷹䞞君は月生たれだから、僕が今は幎䞊」
    「うわ、ちょっず衝撃  実はね、䞭森さんのほうが私より䞋かもっお思っおたの。ちなみに私、」
    「そのくらいかなっお思っおた」
    「喜んでいいのかしら」
     
    䞭森ず銙織。芖線を合わせたたた、数秒の空癜。どちからからずもなく笑いを零し、幎霢の話題はフェヌドアりト。
     
    䞭森は、鏡に映りこんだ銙織に芖線を投げた。䜿甚枈みのコットンを片付ける銙織の暪顔。どこずなく、陰りが芋える。
     
    【本日䌑業日】の札をかけおいるにも関わらず、店内には明るいが流れおいる。陜気なポップスは、たるで気持ちが沈み蟌たないようにずいう配慮のような気がしお、䞭森は改めお、自分の顔を鏡に映した。
     
    い぀もず倉わらないように芋える。しかし、心は垞に、あの2人の安吊を気にかけおいる。倧䞈倫、ず思えば思うほど、自分の想像の及ばない堎所ぞず向かった2人の身が案ぜられる。やめようず思っおも、䜕床もため息を零しおしたう。
     
    「䞭森さん、テレビ぀けおもいい そろそろ倕方のニュヌスだから」
    「うん。倩気も気になるし」
    「そうね  」
     
    銙織の目元。刹那の䞍安色。それを誀魔化すように倧きな瞬き。銙織の右手は玠早くリモコンぞ。が止み、代わっおロヌカルニュヌスがテレビ画面に出珟。画面の巊䞊。むラストで衚された倩気予報。傘のマヌクがしっかりず映し出されおいる。
     
    「やみそうにないわね」
    「うん  」
     
    矎圱ず久遠の背䞭を芋送っお時間が過ぎた。もう時間なのか、ただ時間なのか。降り続ける雚は遠慮を知らない。店の倖に広がる景色は重い灰色。
     
    盆の期間ずあっお、向かいの衣料品店も、その隣の菓子店もシャッタヌを䞋ろしおいる。掻気が倱われた隙に、陰気が寄り぀いたような印象。
     
    人ずも口を噀んだたた。アナりンサヌの明瞭な声が堎を繋ぐ。そうしおいる間に、本栌的な倩気予報がスタヌト。案の定、雚は深倜たで降り続くらしい。
     
    「せめお雚足が匱くなるずいいんだけど」
     
    呟いた銙織の暪顔。その唇が完党に閉じる前に、䞭森は質問をぶ぀けた。
     
    「山護矎代さんのこず、聞いおもいい 前も聞いたけど、もっず知りたくお」
    「矎圱ちゃんには、聞いおないの」
    「それどころじゃない、っお感じだったから」
    「そっか」
     
    そうだよね、ず呟いお、ため息。そしお、
     
    「矎代さんは、ひずりで生きる蟛さずか孀独ずか、そういうものを超越しおるっお感じ  矎代さんが山護になったのっお歳なんだっお。山護っお、元々は苗字じゃなくっお、ずっず昔は、山護っおいう立堎になる時に、苗字も名前も捚おたんだっお。矎代さんは、山護に遞ばれた時に、前の山護だった人のずころに逊子に入ったらしいわ。それで苗字を倉えお  私だったら無理。身内にも友達にもほずんど䌚えないし、恋人も䜜れない。結婚も、出産もしない。矎代さんが矎圱ちゃんを育お始めた時は歳。それたで、あの山奥の家でたったひずり。私がもし矎代さんず同じ立堎になったらっお、想像しただけで  矎代さんは、なんであんなに匷くいられたんだろうっお、考えちゃう。匷くお、ずっおも優しい人だった」
    「匷くお、優しい」
    「優しさっお匷さから生たれるず思うの。心の匷さ。だから自分を殺しお盞手に尜くせる。ううん、尜くすっおいうのずも違うのかも。そうするこずが圓たり前で、幞せだっお思える人だったのよ、きっず。矎代さんは、自分のこずはい぀も二の次だった」
    「石寄䌚長は、そういうずころに惹かれたのかな」
     
    䞭森が零した蚀葉に、銙織は凛ず敎った目元を倧きくした。
     
    「あ、いや違うよ。惹かれたっお、そう意味じゃなくお」
    「倧䞈倫、ちゃんず通じおいるから  䌚長の奥さんっおね、随分若い時に病死したの。䌚長は再婚せず、お子さんもいなくお、ずっずひずり。矎代さんずは同い幎みたい。矎代さんず䌚長っお、なんか䌌おる。䌚長も匷くお優しい人だから」
     
    銙織は音をずめ、芖線を䞋げた。小さく息を吐いお、ぜ぀り。
     
    「矎圱ちゃんから聞いたの」
    「え」
    「どうしお湖野に垰っおきたのかっお。山護の家を出る前に、話しおくれた」
    「そう  銙織さんは、どう思った」
    「そりゃあ、あらそうなのね、っお簡単に飲み蟌める内容じゃないわ。でも、やっず、っお感じかな」
    「やっず」
    「やっず向き合っおくれた、っお思ったの。あの子、自分の生い立ちを探らないように生きおたんだず思う。矎代さんずは血が繋がっおないっお子どもの頃から知っおたし、呚りから浮いおいるこずも自芚しおた。でも、自分は自分、っお割り切っお生きおいこうずしおたんだず思う。矎代さんも血の繋がりなんお気にしおなかったし、矎圱ちゃんを本圓に倧事に思っおた  互いの気持ちが繋がっおいれば、それで良かったのよ、あの2人は。でも、今回匷制的に知らされちゃったから」
    「それは、本圓にごめんなさい」
    「むしろ感謝かも。おかげで私も、あの子の口から色々ず聞けたし  ビックリしたけど、話しおくれお嬉しかったしね」
     
    音を止め、銙織は芖線を鏡の䞭ぞ。䞭森は銙織の口が再び動く時を埅ち、ただじっず、その暪顔を芋぀め続けた。僅かに最んでいるようにも芋える銙織の目元。唇は結ばれ、音を発しない。
     
    ず化したロヌカルニュヌス。音を匷めた雚。重なる電子音。音の発生源は䞭森のスマヌトフォン。
     
    「鷹䞞君から  お疲れさん。甚事は枈んだから䞀床ビレッゞに戻っお菊谷食堂に行く。倕食はそこで枈たすから、そっちには寄らないよ。だっお」
    「あら奜郜合、っお蚀ったら申し蚳ないけど  実はね、向かいのお菓子屋さんの特補れリヌが぀しかなかったの 持っおくるわね。飲み物は玅茶でいい」
    「うん。手䌝うよ」
    「簡単だから平気。ありがずう」
     
    銙織は階ぞ。わざずらしいほど軜快な足音に、䞭森の胞が軋む。人分のれリヌは、矎圱ず食べる぀もりだったのだろう。
     
    頭䞊に銙織の気配を感じながら、䞭森は鷹䞞からのメッセヌゞを読み返した。銙織には䌝えなかった埌半郚分に、芖線が留たる。
     
     
    うたくやれよ笑
     
     
    なんずも緊匵感のない文末に、小さな笑いが生たれる。鷹䞞らしい配慮だず思ったが、䞭森はむしろ、鷹䞞の心情が気になっおいた。
     
    倜神楜の埌の鷹䞞は、どこか匱々しく、思考の倧半を誰かに奪われおいるように芋えた。誰かの正䜓は、容易に想像が぀いた。鷹䞞が抱いおいる感情は、眪悪感なのか。それずも、䞀皮の愛情がもたらす䞍安なのか。どちらであろうず、抱いた感情を僅かでも共有できるかもしれない。吊、共有させお欲しい。䞭森は、自己満足ずも呌べる思いを鷹䞞に吐露しおいた。
     
    そんな䞭森の自己満足に、鷹䞞は応えた。そうしお受け取った真実は、䞭森の䞭に決定的な無力感を芜生えさせた。鷹䞞から受け取った真実。それを、これから銙織に䌝えようずしおいる。銙織の反応を予想し、錓動は加速。
     
    䞭森の頭の䞭には、鷹䞞が綎った䟝頌䞻宛の【最初の報告曞】が、きっちりず曞き写されおいる。銙織は、矎圱から話を聞いたず蚀った。䞀䜓どこたで。党お話したのか、吊か。矎圱が知っお欲しくないず話し留めた郚分たで明かすこずになるかもしれない。
     
    暡玢する䞭森。その耳に、軜やかな足音が飛び蟌んだ。銙織がトレむを手に戻る。ガラス補の噚に盛られた薄黄色のれリヌ。湯気がほどよく飛んだ、琥珀色の玅茶。テヌブルに乗った、可愛らしさず品の良さ。それらを前に話すには、ふさわしい内容ではない。しかし䞭森は、話すず決めた。
     
    「  あのさ」
    「ん」
    「あ、いや、その  お盆䌑みっお、い぀たで」
    「え」
    「あ、えっず、僕が湖野にいる間、ずっず銙織さんに盞手しおもらうのも、なんか悪いかなぁ、なんお  店も開けなきゃいけないよね」
    「それは、そうね  じゃあここにいる間、おばあちゃん達の話し盞手になっおくれない」
     
    予想もしなかった提案に、䞭森は蚀葉を倱った。生たれた蚀葉の空癜を、銙織が笑顔で満たす。
     
    「近所にあった蚺療所、去幎廃業しちゃっおね。おばあちゃん達、県立病院たでは行きにくいみたいで  健康盞談的なお話でいいから、盞手しおもらえたら喜ぶんじゃないかな そしたらお客さんがきおも、䞭森さん堂々ず店にいられるじゃない。蚺察しなくおも、話すだけでいいから」
    「でも、僕でいいのかな。もう䜕幎も患者さんず向き合っおないし」
    「お医者さんず話せるっおいうだけでも安心するず思うわよ。おばあちゃん達に人気でそうな雰囲気だし」
    「え」
    「たあそうガチガチに考えずに、ご怜蚎䞋さい  はい、ではでは前フリはこの蟺にしお、そろそろ話しおくれおもいいんじゃない」
    「䜕を」
    「ずがけちゃっお  私が矎圱ちゃんから聞いた話、以倖のこず。あの子、倚分党郚は話しおない。䞭森さんも鷹䞞さんも知っおるんでしょ」
    「あヌ  お芋通し 凄いな」
    「私だけ仲間倖れなんお寂しいし、正盎ムカ぀くわ」
     
    刹那目元に浮かべた鋭さを玅茶の湯気で隠し、銙織はカップに口を぀けた。ゎクゎクず飲んで、カップを眮くず、銀色のスプヌンを手に取った。
     
    「食べ終わる前に話し始めおね。矎容垫っおね、食べるスピヌド速いんだから」
     
    れリヌを口に運び始めた銙織の手。蚀葉通り、テンポが速い。
     
    䞭森は也いた口内を玅茶で最した埌、高鳎る錓動に䜿呜を䌝えた。これが僕の圹割、このために僕はここにいるんだよ、ず。


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