
志ん生①
志ん生は本名だ。
噺家みたいだって言われる。踊り子のつもりで名付けたと親は言った。でも親は全部死んだからもう聞くことはできないけれど、多分そう言っていた。
志ん生は側溝を歩くのが好きだから側溝を歩いていた。親は彼女が側溝にすぐ入るから、長靴を彼女に履かせていた。
親が全部死んでから、志ん生はおばあちゃん家で育った。おばあちゃん家とはいえ、それは代表でおばあちゃんと言っているだけで家にはおじいちゃんもいた。今ならわかるけれど、おじいちゃんが世帯主なのだから、おじいちゃん家の方が良い。だけど、私の、というか、当時の志ん生のイメージ的にはおばあちゃんとの距離の方が近かったから、やっぱりおばあちゃん家だった。
おばあちゃんの子供もいた。つまり親戚のおじさんにあたる人がいた。その人の奥さんと、その子供もいた。それはふたりいた。子供は両方とも一見男みたいだったけれど、立ちションをしないからおかしいなと思ったら、女だった。
ふたりともおとこおんなみたいな感じだった。「私、女なんです。」って自己紹介もされた。男の見た目で女の声と女の仕草だったけれど、ちんぽはないらしかった。
おばあちゃん家というのは大体田舎と相場は決まっているけれど、都会だった。東京都の埋立地の人工島にある、平屋の一軒家だった。そこはアオダモがエントランスに植えられていて、建築当初から宅配ボックスが家にビルトインされたモダンな家だった。
志ん生はそこでも側溝を歩いたけれど、両親が買ってくれた長靴はもう小さくなっていたから短靴でべちゃべちゃ歩いた。暗渠なども気にせず歩いていくと、浄水場に着いた。そこは入れないから迂回した。それで東京湾に出た。
志ん生は東京湾を見て、「汚ったねー」と思った。
その後も勘違いかと思って何度か行ったけれど、やっぱり汚かった。
私、じゃなくて志ん生は、東京湾の水質をなんとかしなきゃと思って暗渠に自作のフィルターを噛ませることにした。
もう浄水場になんて任せられない! と思ったのだ。