
掌編小説|河川敷
正しい音楽を聴きながら河川敷を歩いた。
辺りはキクイモが繁茂していて、その中を僕には名前のわからないとても小さな鳥が出入りしていた。
キクイモの茂みの向こうには川が流れている。ここで釣りをした事はないのだけれど、したとて、せいぜいウグイが釣れる程度だ。
夕方が僕の背中を照らした。僕は夕方から逃げながら道を歩いている。
向こうからヤマグチが近づいてくる。それは何百メートルも向こうで、僕の目からは直径一センチくらいに見えた。ヤマグチはころころと転がり、近づくにつれ次第に大きくなり、僕から三メートルくらいの位置に来てもまだ、中型犬くらいの大きさだった。
ヤマグチは僕の中学時代の同級生で、当時は球体ではなかったし、大きさも勿論こんなに小さくはなかったはずだ。そんなことを僕は考えていると、彼は、「いやー俺。車に轢かれちゃってさ。」と言った。
そうだ! ヤマグチは車に轢かれたんだ!
それでヤマグチは空中でミートくんみたいな感じに頭と胴体と腰と四肢の七つの部品になって、アスファルトの上にべちゃりと落ちたのだ。僕は黒いアスファルトに流れるその鮮やかな血と、どろんとしたそのときの彼の目を思い出した。その記憶は僕の奥深くにずっと眠っていて、しかも函に仕舞われていて、なおかつ南京錠まで掛けられていたのだ。だからヤマグチはあのとき確実に死んだのだ。それなのにこんな球体になって薄暮時に河川敷を転がっている。
「俺は死んでないよ」
そうヤマグチは言った。
だが、その球体のどこに口があって声が出ているのかわからなかった。よく見ると丁度地面に接するところに顔があった。
「ヤマグチ。とりあえず少し転がれよ。顔の位置が悪いだろ」
僕はそう彼にアドバイスした。
辺りは刻々と暗くなり始め、赤黒くなっていった。
「別に俺はこの位置でも良いんだけど、トウミネはそういうの気にするんだなぁ」
ヤマグチがそのセリフを言い終わる頃には殆ど暗くなってしまっていて、僕もそんな事はどうでも良いような気分になった。
「踏み潰せよ。」
「いいのか?」
「いいだろ。俺だって、こんな状態で河川敷を転がっているのもいい加減飽きたよ」
「そうか。僕はどっちでも良いんだけれど」
「いや。俺が潰してほしいだけなんだ」
夜の帳はすっかり降りてしまい、ほとんど何も見えなかった。ヤマグチの低くて優しい声だけが空気を支配していた。
僕は左腿を持ち上げて、ヤマグチの声がするあたりに脚を落とした。
靴裏に、イクラをぷちっと潰したみたいな感触が伝わり、ヤマグチの飛沫が顔まで飛び散ってきた。気持ち悪い。もう暗くて何も見えない。なんで僕がこんなことをしなけりゃいけないんだ。僕は河川敷を散歩していたいだけだ。いい加減にしろ。お前らはいつもそうだ。僕にばかり損な役回りをさせやがって。お前がやれよ。見てるだけの能無し野郎。おい。そこに居るんだろ。見てないで何とか言えよ。馬鹿野郎。腐れ◯◯。
音楽は、きーよ、きーよ、と間断無く正確に繰り返されていた。
(終わり)