
追悼・高橋卓志 様 「教会よ、変われ」
2026年10月26日、77歳で亡くなった神宮寺(長野県松本市)前住職の高橋卓志さんを偲び、2010年に書評誌「本のひろば」別冊へ寄稿した文章を再掲。生前の活動に敬意と感謝を込めて。
仕事柄、キリスト教関係の本には嫌でも(?)触れる機会が多いので、普段は努めて「業界」外の本を持ち歩くようにしている。むしろ最近は、キリスト教と縁遠いと思われる書籍の端々に、どこか相通ずる(応用できる)普遍的「回路」を見出すことが、読書の楽しみの一つとして加わった。
季刊「ミニストリー」の創刊にあたり、仏教雑誌から大いに刺激を受けたことは同創刊号でも記したが、次代を担う僧侶による近年の新しい動きは注目に値する。本書の著者も、上田紀行著『がんばれ仏教!』(NHKブックス)で紹介された長野県松本市の神宮寺で、「死にかけて」いる寺を再生すべく、社会に開かれた「育ちの場」、「地域包括的ケア」の拠点として活用するなど、新たな試みを次々に実践してきた住職の一人である。
「能力の優劣にはあまり関係のない長老主義と大寺権威主義という堅固なヒエラルキーの中にある」「檀家システムというスポンサーシップに依存し、再教育の場も持たない」「『寺に人が来ない』と嘆きながら、一方では、『出世間的価値観』を語る。『社会にはたらきかける』ことを標榜しながら、それに対する具体的な方策をもたない。そして、社会的支持を得ている活動を『顕徳』と批判する」「後継者に寺の魅力を残せない、それゆえに世襲に頼るしかないという将来展望でいいのか」
かつては自身も「世襲」僧侶として形骸化した葬儀や法事をこなすだけだったという著者が、戦没者への慰霊行を通して変えられていく過程や、実際に「変わる」ための実体験に基づく提言は興味深い。そしてこれらの厳しい自己批判は、神学的検証の余地は残しつつも、そのまま今日のキリスト教界に適用できる。
仏教界同様、新しい動きに対しては「リベラル」「ラディカル」とのレッテルが貼られがちな世界だが、自戒も込めてあえて言おう。
「教会よ、変われ」
(松谷信司=キリスト新聞社「ミニストリー」編集長)
あわせて以下、『宗教問題』誌の小川寛大編集長による評価も参照しつつ。