
子育てが「めんどくさいほど愛おしい」のは、なぜ?|小2の息子👦が今でも「開けて」と言うもの💧『ASOBO』聴いてみて🎼
かすかな距離
小学2年生の息子が、
今でも「これ、開けて」と
ペットボトルを差し出してくる。
自分で開けられるのに、
なぜか?私に頼んでくる。
そんな何気ないやりとりから、
子育ての「めんどくさい」と
「愛おしい」は、案外近いところに
あるのかもしれないと思った。
冷蔵庫から
出したばかりのボトルは、
ひんやりと冷たい。
息子は、それを両手で持ち、
湿った指先で、私の前に差し出す。
「開けて」
開けられないのかな。
わからない。
本当に力が足りないのかもしれないし。
開けようと思えば、
開けられるのかもしれない。
小学2年生なら、
もう開けられるような気もする。
でも、本人に聞いたことはない。
「自分で開けられるでしょ」
そう言えば、
たぶん一度くらいは、
自分で、ひねってみるだろう。
けれど私は、
差し出されたペットボトルを、
そのまま受け取る。
冷たさが手のひらに伝わる。
濡れたボトルが、かすかに滑る。
蓋をしっかり握り、ゆっくりひねる。
パキッ。
蓋が開く。
「ありがとう」
「どういたしまして」笑
たった数秒のやりとり。
その数秒の中に
今の息子がいると。
今の私がいる。
開けられないのかもしれない。
開けられるのかもしれない。
そのどちらなのか、まだ知らない。
ただ、今は私のところへ持ってきてくれる。
それだけで、いいと思っている。
そのうち、自分で開ける日が来る。
そのとき私は、
「大きくなったな」
と嬉しく思うだろう。
同時に、今より少し
遠くなった息子の背中を見ながら…
今日の「開けて」を思い出すのだと思う。
息子の手から受け取った、
冷たいペットボトル。
湿った指先。
私の前に差し出された、
「開けて」
そんな何気ない光景を、
きっと、懐かしく思う。
いつか、
手を伸ばしても届かない距離で
暮らすようになったとき。
私は、きっと、
あの頃の小さな手や、
濡れたペットボトルや、
私の前に差し出された「開けて」を思い出す。
寂しくなりながらも、
今日この瞬間、
息子が私を頼ってくれたことを、
何度も幸せに思うのだろう。
めんどくさいほど、愛おしいのは、なぜ?
できないから、愛おしいんじゃないよ。
手がかかるから、愛おしいんでもない。
開けられるのか、開けられないのか。
そんなことは、今は、どちらでもいい。
自分の前に
ペットボトルを差し出して、
「開けて」
と言ってくれる。
その声は、いつか聞こえなくなる。
だから今は、
差し出されたペットボトルを受け取る。
パキッ。
その音のあと、息子はボトルを両手で抱えた。

ひとくち飲んで、窓の外を見る。
午後の光が、濡れたボトルの表面で
小さく揺れている。
私は空いた手を膝に置いたまま、
その横顔を見ていた。
「ありがとう」
さっきの声が、
まだ部屋のどこかに残っている。
息子は、もう、こちらを見ていない。
それでもボトルを持つ指先には、
まだ水滴が光っている。
その小さな光が消えるまで、
私は、黙っていた。
♪
最後まて、お読みいただき
ありがとうございました♡

♡感謝記録として♡
今回も読者さまの
あたたかいリアクションに
感謝いたします✨
ありがとうございます!

シルバーウィーク🗒️
自分らしい過ごし方の
ヒントになりますように♪
↓↓


♡今日のおすすめ♪とおまけ♡
『ASOBO』
LUCKY TAPES

夏休みの作品♪🐬
「僕が、つくったよ!」👦

海の仲間たち🐠
ペンギン🐧どこ見てるの?

⬇️こちらの記事もオススメ♪
#子育て
#育児
#子育てエッセイ
#エッセイ
#親子
#子どもの成長
#小学生
#息子
#家族
#日常