
イスラエル|#3 テルアビブ・ハイファ・アシュケロンの日常| 2010年7月
午後から移動で、海のほうへ向かった。鉄道で移動したが、このルートは2018年にテルアビブ=エルサレム線が開通してから、2020年に定期旅客便は無くなり、事実上休止になったそう。
このころはテルアビブまで1時間半ほどかかったが、現在の高速鉄道は40分弱で結ぶ。


テルアビブで列車を乗り継いでハイファに来た。元パレスチナ解放人民戦線(PFLP)のライラ・カリドの生まれ故郷でもある。
旧ソ連からの移民(ロシア系ユダヤ人)が非常に多い街でもある。


そしてロープウェイでカルメル山の上へと移動した。


今度はずーっとカルメル山の下り坂を降りていく。


20時すぎ、すっかり遅くなってしまい、テルアビブに戻る。

7時すぎの朝の地中海。

テルアビブには不思議なデザインのビルがたくさん建っていて、倒れんのやろか?と心配させる。

テルアビブで一番訪れたかった場所、ラビン首相(当時)が極右翼のユダヤ教徒学生に狙撃され、殺害された場所である。


ご当地のマクドナルドの表記を見るのが好き。


再度列車に乗り、アシュケロンにやって来た。

アシュケロンから高台へと、タクシーのドライバー数人に声をかけるが、英語が通じないのか、相手にしてくれなかった。
数人に尋ねてやっとひとりOKしてもらい、高台へと。遠くからガザ地区を見ることができた。

遠くからガザ地区を見たら、テルアビブに戻る

テルアビブ着

テルアビブに戻り、テルアビブの流行の発信地であり、最も賑やかな交差点の一つに寄ってみた。
若者が多く活気に溢れていて、MANGOやZARAなどの店舗が入っていた。


そして地中海沿いへ行ってみた。夕日がきれいで、佇んでいると、中年の男性がギターを持ってきた。



