
ルーマニア~モルドバ~沿ドニエストル共和国|#3 キシナウ~ブカレスト|2010年7月
#3-1 沿ドニエストル共和国からモルドバに戻る
モルドバの首都キシナウ駅から2.5kmほど歩くと、突然鮮やかなショッピングモールが出てくる。Mall Dovaというショッピングセンター。
ティラスポリから帰ってこの様子だから、ここが先進国かと勘違いしてしまう。

人は少なめ。

Mall Dovaの横の通りの橋の下は、村のような雰囲気。その上に高級住宅が建っている。

富裕層向けのアパート。外資が入っているのだろうか。外資の建物と比べて、公共の道路、トロリーバスなどは古いままでしかない。
そのギャップに興味がある。

ソ連時代に大量に建てられたアパートがまだ生きている。下の看板は先進国の会社で埋められている。


この横長の建物は、政府庁舎で1960年代に建てられたソ連時代の建築。いかにも社会主義国的な建物である。


政府庁舎前の、「反ソ連記念碑」は2010年6月末に設置された。つまり僕が渡航する数週間前に設置されたものだった。

モルドバ紙幣にも描かれているモルドバの英雄の像

足を延ばして街の奥の庁舎、公園付近に行ったが人がほとんどおらず、異常に静かだった。キシナウ駅のほうへ戻って歩くとあか抜けたて活気ある街にホッとする。

キシナウのメインストリートである通りの、最も「高級」なエリアに戻って来た。人が増えてきた。

あか抜けた通りと、キシナウ駅との間にソ連時代の最高級ホテルが朽ち果てている。キシナウの中心部にもかかわらず、解体するカネもないというのか。

ソ連時代、モルドバの首都キシナウの「顔」として重要な存在であったホテルも今は多くのスペースが地元の企業のオフィスや格安の店舗、あるいはカジノやパブとして貸し出されている。

モルドバからルーマニアに帰る。

国境のウンゲニ駅 ルーマニアに入国する。

#3-2 ブカレストに戻って
早朝にモルドバからの列車はルーマニアの首都ブカレストに到着した。そのまま来たか、荷物をどこかに預けたかは忘れてしまった。
朝8時ごろ見に来たのが「1989年革命の殉教者への碑」。この革命は家でテレビで見ていた。革命の際、多くの市民、学生が命を落とした。

1989年の革命直後、1990年に民主化を求めて学生たちが大規模な座り込みを行った場所もまた大学広場にある。

1989年の革命で独裁体制が倒れたが、その半年後の1990年、新しい政府に対して不満を持った学生たちが、この大学広場で再び座り込みを行った。
彼らはこの広場を「ネオ共産主義からの解放区」と呼び、その象徴としてこの柱を建てた。

交差点を歩いていると、頭に何かあたった。電線の束が落ちてきた。途上国あるあるである。バス含め車が渡れなくなり見る見る大渋滞になっていた。


1989年の革命の際、情報の支配を目指す両者が建物周辺で激しい戦闘があった。

テレビ局の前の木製の十字架の碑文はこのように書いてある。
左:(革命は私たちの魂の中に存在していた。そして、あなたたちがそれを成し遂げたのだ)
右:(至高の犠牲という代償を払って、現実に。永遠の感謝を! 1989年12月22日)

街のほうへ歩いていると共産主義時代のアパート群が迫って来る。現在(2026年)もそびえ立っているのだろうか。

共産主義時代の建物が資本主義社会の広告でおおわれている。
