メインコンテンツへスキップ
見出し画像

小説『國綱』第四章 父の音

    それから二年が過ぎた。

    二十歳になった藤六は、一人で仕事を任されることが多くなっていた。

    鋼を見る目。

    火を見る目。

    槌を振るう手。

    そのどれもが、以前とは比べものにならないほど自然になっていた。

    国友と藤六は、鍛冶場で互いに切磋琢磨する関係になっていた。

    兄自身もまた、父・国家の背中を追いながら、少しずつ腕を上げていた。

    けれど、まだ届かない。

    父が槌を振るった時にだけ生まれる、透き通るような高い音。

    国友は、その音を知っていた。

    何度も聞いてきた。

    けれど、自分の槌から同じ音を出すことは、まだできなかった。

    その日も、藤六は鋼に向かっていた。

    炉から取り出した鋼を見つめる。

    火の色を見る。

    槌を握る。

    振り上げる。

    振り下ろす。

    カンッ!

    高い音が響く。

    カンッ!

    カンッ!

    一定の間隔で、高い音が続いていく。

    その途中だった。

    カンッ!

    いつもの音とは違う、透き通るような高い音が響いた。

    離れた場所にいた国友が手を止めて藤六を見た。

    藤六は集中した顔で鋼を見つめ、槌を振り続けている。

    カンッ!

    いつもの音に戻る。

    しばらくして、また一度だけ。

    カンッ!

    透き通るような高い音が混ざった。

    藤六は、何も言わなかった。

    ただ、鋼を見つめていた。

    国友は、その変化に気づいていた。

    その時折混ざる音の違いに。

    誰も、何も言わなかった。

    その音は、まだ続かない。

    けれど確かに、藤六の槌から生まれ始めていた。

    それから三年が過ぎた。

    二十三歳になった藤六は、以前とは違う場所に立っていた。

    鋼の状態を見極める。

    火の色を見る。

    次に打つ場所を決める。

    そこに迷いはなかった。

    その日も、藤六は一人で鋼に向かっていた。

    国友は少し離れた場所で仕事をしている。

    父・国家も、鍛冶場の奥にいた。

    藤六は鋼を見つめた。

    一度、静かに息を吐き、集中力を研ぎ澄ませる。

    槌を握る。

    振り上げる。

    振り下ろす。

    カンッ!

    透き通るような高い音を放ちながら、鋼から火花が散った。

    その瞬間、国友の手が止まった。

    もう一度。

    カンッ!

    また同じ音が響く。

    カンッ!

    カンッ!

    カンッ!

    透き通るような高い音が、一定の間隔で鍛冶場に響き続ける。

    国友は、息を呑んだ。

    自分が何年も追い続けてきた父の音。

    何度槌を振るっても、まだ届かない音。

    それが今、弟の槌から当たり前のように生まれている。

    国友は、ただ藤六の姿を見つめていた。

    その時、鍛冶場の奥で国家の手が止まった。

    国家は、顔を上げた。

    聞き間違えるはずがなかった。

    何十年も自分が聞き続けてきた音だった。

    国家は、遠くから藤六を見つめた。

    藤六は、その視線に気づかない。

    ただ目の前の鋼を見つめている。

    カンッ!

    カンッ!

    カンッ!

    透き通るような高い音を放ちながら、鋼から火花が散る。

    国家は、何も言わなかった。

    ただ、じっと藤六が鋼を打つ姿を見つめていた。

    藤六は、集中力を研ぎ澄まし、槌を振り続けていた。

    その音が、父と同じ域にあることに気づかず、その先の音を追い求めていた。

    ただ、目の前の鋼だけを見つめながら。


     
     
    不動産会社を経営しています。 2026年10月note開設。 2022年12月、40歳で大腸癌ステージⅣと余命1年を宣告されましたが、今も闘病中です! そんな中、自分が考えてきた事、学んできた事を何かの形で残そうと思いました。 ここに綴る言葉が、いつか誰かの心に届けば嬉しいです。

    あなたへのおすすめ